中国のメンツ文化

中国のメンツ文化

中国社会・中国文化では特にメンツが重要視されています。ここではその理由やメンツに関する日本と中国の考え方の違いなどを説明・紹介します。

中国人にとって面子(メンツ)とは?

中国人留学生たちとメンツが話題になった時、メンツは中国人にとって、特に中国人男性にとって「命より大切なもの」なのだと聞いたことがあります。そこで「メンツって要するに虚栄心のことでしょ?」と聞くと、その場にいたのは全員女子学生だったのですが「その通り!」と異口同音に言っていました。その口ぶりからは中国人男性のメンツへのこだわりに辟易している感じが伝わってきたのですが…中国の女性はメンツとは無関係なんでしょうか?

近年中国で大人気だったテレビドラマ『歓楽頌』は、上海で暮らす若い女性たちの日常を描いて日本人にもとても面白かったです。

ヒロインの一人30歳になるファンは上海のマンションを年下のOL二人とシェアしているのですが、その事実を恥じて恋人にも言えません。恋人から「この若さ、この美貌、おまけにマンションまで持っている」と思われているのを否定しなかったからです。その恋人は同い年で小さな会社を興しBMWを乗り回しているのですが、ある日これがレンタカーであることをファンの友人に暴露されてしまいます。

2人とも地方育ち、花の上海で勝ち組になろうと真面目に奮闘しているいわば「模範青年」なのに、なんでこんなつまらない見栄を張るのか。バレたらよけい惨めなのに…。第1ルームシェアだのレンタカーだの、日本人にはどこが恥なのかさっぱりわかりません。今どきの日本の若者ならば「合理的でおしゃれ」でしょうし、バレたからと言って「それが何?」でしょう。

この二人の行為は原作の小説の中では「メンツ」という言葉で説明されています。

このメンツですがもちろんわからなくはありません。日本人の私たちだって多かれ少なかれ似たような経験があるでしょう。「ええっ!そうだったの!なあんだ…」と人から見下されたくないために隠したり、小さなウソをついたり、見せたくない事実をあってほしいウソで飾るのです。

「見せたくない事実をそうあってほしいウソで飾る」「見せたい姿のために身の程を超えた無理をする」…これらが「メンツにこだわる」と言ったときに浮かぶイメージです。いずれも自分と自分が属する社会に共通の価値観があり、その価値観の物差しで「上」と示された場所と自分のいる場所に距離があった場合、自分は「上」にいるのだと、同じ社会に属する他者に見せようとする行為…と言えるかもしれません。

中国特有のメンツ

上記したようにメンツはどんな国でもよく見られる精神状況や行為だと思いますが、中国特有なものとしてはそれがきわめて強いこと、「見せたい」が「見せびらかしたい」というレベルになっていることです。

最近2人の中国人から「ここ30年で中国人はとにかく金持ちになった。帰国するとそれを自慢されるのが辛い」というような話を聞かされました。タダ同然で国から不動産を譲渡された人たちは(かつて住宅は国家の所有物、それが90年代以降タダ同然の価格で住民に払い下げられた)、バブル期にそれを動かすことで日本円で億単位のお金を手にしました。日本の近年の30年は給料の上がらない30年でしたから、何のために日本に来たのだろうと無念さが胸にしみるのでしょう。一方中国に残った人は、かつてアメリカや日本など当時キラキラと輝いていた国に出ていった人に羨望や嫉妬の念を燃やしていましたから、ここぞとばかりに自慢するのでしょう。

ただこの「見せびらかす」という行為を堂々とやるというところに「中国式メンツ」の発生理由を感じます。「見せびらかされる」→「屈辱感・敗北感を感じる」→「頑張って、あるいはウソをついて見せびらかす側になる」という循環がここから始まるのではないかと。これが日本だとそういう人間は軽蔑、あるいはスルーされて可笑しな人扱いになるだけでしょう。

中国では会社を興すと乗る車は当然のようにベンツとかBMWになるのですが、こういう車に乗っていないと商売仲間からバカにされ相手にされないのだそうです。

ビジネスそのものではなく、見た目や所有物で見下される、屈辱感を与えられるという一種殺伐な社会もメンツ文化の強化に役立っているのかもしれません。

国家もメンツ文化

中国では国家レベルでも同じメンツマインドで国が動かされているように見えます。それは中国人自身が一番感じているようで、中国の国家的イベントに対してしばしば「また国がメンツプロジェクトをやっている」と揶揄しています。国、というより中国政府のために、人民に使われるべきお金・税金が使われてしまっているという不満でしょう。

中国政府のメンツ重視に対しては、これまではアメリカもそれなりに気を使ってきたように見えます。中国政府が国民の間で保っているメンツをもしアメリカがつぶせば、外交的に難しくなるからです。もっともトランプさんにはこうしたことがほとんど通じていないようですが。

メンツ文化の長所と短所

メンツにこだわる人の長所はその上昇志向にあるのではないかと思います。人に見せるためではあっても努力する人が多いような気がします。

短所としては、人の視線という本質以外のもののために上昇しようという空虚さでしょうか。たとえば、自分の研究対象に知的好奇心を抱きその謎を解くことに懸命になるのではなく、ノーベル賞を獲るためという目標、人から称賛されるという目標のために努力するというような。

中国のメンツ文化に関してその短所を言うならば、その物差しが金、権力、外見、所有物などあまりにわかりやすいというか、精神性のかけらも感じないところです。

お金のあるところを見せびらかしたり、豪華な外車に乗っていないとバカにするなど人間としてなんとも低レベル。

「東京は高層ビルが少ないなあ。どれも古ぼけているし。上海の方がずっと発展しているよ」という訪日中国人の感想を聞くこともあるのですが、上海でも北京でも外国人向けホテルを一歩出るやトイレで紙が流せない不便を味わっている身としては、「目に見えるところだけピカピカにするのが発展?高級マンションも貧しい庶民の家も同等に紙を流せるトイレを作ってから言ってよね」と悪口を言いたくなります。

鼻息の荒い大金持ち中国人から「負け犬の遠吠えだ」とか返されそうですが、いったん物差し、特に「金」の物差しの「上」に来たと感じると何をやってもいいと錯覚するところも「中国式メンツ文化」の困ったところです。

中国人の観光ガイドをした人から、気にいった居酒屋で「金は出すからここにいる客全員追っ払ってくれ」と店主に言って、逆に店から追い出された中国人の大金持ちの話を聞いたことがあります。おそらく中国なら場所によってこうした行為も通用するのでしょうが、他の国、特に日本ではまず通用しません。怒りを買うだけです。

もしかしたら日本人から見ての一部中国人のこうした「傲慢さ」は、中国人に言わせれば「のし上がったらそうするのが当たり前。それでこその成功者。それをやるために頑張って金持ちになったんだ」なのかもしれません。中国で「謙虚さ」は一般に「自信のないダメな人」を意味しますから。

ただこうした「傲慢な」中国人は中国政府の傲慢なイメージを増幅させて、世界中で中国の敵を増やしているように感じられます。

メンツと世間体

中国のメンツ文化が上記のようなものならば、日本のメンツ文化の特徴とは何か。

中国の「メンツ文化」に対しては、日本の「世間体文化」を並べたいと思います。

日本人はあまり「メンツにこだわる」とか「メンツがつぶれる」などとは言わず、「世間体が悪い」「世間がうるさい」などと言うことが多い。

「メンツ」も「世間体」も、自分自身の価値観というより自分も含めた他者の価値観・他者のまなざしを意識した言葉です。ただこの2つはとても似ていながら方向が逆であるように感じます。

「メンツ」は自分のすごさを人に見せようという意識、「世間体」はありのままの自分を人に見られてしまうという意識。「メンツ」は「どうだ!これを見よ」と人に見せつけ、「世間体」は「人からどう見られているんだろう」と気にします。「メンツ」が陽であり積極的であるならば、「世間体」は陰であり受け身です。

メンツで生きる中国人はともすると傲慢になり、「人からどう思われるか」などカケラも気にすることはありません。謙虚を美徳とする日本人は「本来の自分でない飾った自分を見せよう」などとはつゆ思いませんが、見られることを気にしすぎて本当の自分を主張できないキライがあります。1つのコインの表と裏・裏と表のようです。