女媧(じょか)

女媧

女媧とは

女媧じょかは人類を創造し、天地修復を行ったと言われている中国の女神です。中国語では“女娲 Nǚwā”と書きます。

同じく中国の創世神話に出てくる伏羲とは兄妹や、夫婦などの説があります。

女媧と伏羲はもともとは南方の少数民族、ミャオ族であがめられていた神であり、その後中国全土で広く始祖神として伝えられていきました。この二人の姿は、共に蛇身人首(人間の顔と蛇の体)だったと言われており、壁画などに多く描かれてきました。

女媧の人類創造神話

天地が分かれて以来、地には植物もあり動物もいましたが人間はいませんでした。そこで大地を往来する女神は孤独を感じ、この世をもっと生気に満ちた世界にしようと考えます。女神は池(黄河という説も)のそばにうずくまり、黄色い泥を水と混ぜ、池に映る自分の姿に似せて赤ん坊の形にこねます。それを地面に置くと不思議なことにオギャアと泣きながら、嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねるではありませんか。女媧は泥でできたその赤ん坊を「人」と名付けます。こうして女媧は次々に赤ん坊を作り出し、世界は賑やかになっていきました。

けれどもこの方法では大地を人で満たすには時間がかかりすぎます。もっと簡単に人を作る方法はないか?そこで目に入ったのが藤のつるです。これを泥沼に投げ入れ、泥水をかき回してから引き出して一振りすると、そこからたくさんの「人」がオギャアと泣きながら跳んで出てきました。

良い方法を見つけ出した、やれやれ、と思いはしたのですが、「人」を生存させ続けないと女神の仕事はずっと続いてしまいます。そこで女媧は「人」の男女を結婚させることを考え出します。女媧は人類のために婚姻制度を定め、人類の最初の媒酌人、「高媒…媒酌の神」になったのです。

この話は中国では“女娲造人”(女媧人を造る)として伝わっています。

また、このとき女媧が自ら捏ねて作った人間は優秀で金持ちになり、藤の蔓を振り回して作った人間はおろかな貧乏人になったと言われています。

女媧、天を補う

こうしてめでたし、めでたしとなったのですが、ある時なんと宇宙に大変動が起きます。天の半分が崩れてきて、天に大きな穴があいてしまったのです。これが原因で大火災や洪水が起き、大地は一面の海になってしまいました。人類は山や森から逃げ出てきた狂暴な獣にも襲われ逃げまどいます。女媧は自分が作った子供たちがこのような目に遭っているのを見て非常に心を痛め、苦労して壊れた天を修繕します。

どうやって修繕したか?川から五色の石を持ってきて火で溶かし、それで天の穴をふさぎます。さらには大亀を殺してその足を切り落とし、天柱の代わりに大地の四方に立て天空を支えます。こうして頑丈な柱を得て、天が再び崩壊する危険はなくなりました。女媧の苦心の末、人類の住む地上は活気がみなぎり人は再び幸せな生活を送ることができるようになりました。

この話は中国語では“女娲补天”(女媧天を補う)として伝えられています。

女媧は音楽の神でもある

自分のこしらえた人類が幸せな日々を過ごしているのを見て女媧は非常に喜びました。この神様はまた「笙(しょう)」という楽器を作ったと言われています。女媧の作った「笙」は今でも南方の少数民族、苗(ミャオ)族や侗(トン)族などの間で吹かれており、これは「葦笙」と呼ばれています。女媧は音楽の神様とも言われているのです。

笙
笙。女媧が作ったと言われている。

女媧のその後

女媧はこうした仕事をやり終えると休息し、別のものに姿を変えました。たとえば『山海経(せんがいきょう)』(紀元前の戦国時代から漢代にかけて書かれていった中国最古の地理書。妖怪や鬼神についての百科事典のような本でもある)には、女媧の腸はやがて十人の神人となったと書かれています。また女媧は竜や雲を御して天頂に昇り天帝にまみえて自分のした仕事の報告をし、その後はひっそりと身を隠して功におごったり名を誇ることはなかった、という話も残っています。

女媧について書いてある文献

女媧については『楚辞』(中国戦国時代の詩集。女媧以前には人類はいなかった、とある)、『淮南子(えなんじ)』(BC179~BC122の思想書。女媧は70回生まれ変わったとある)『史記 三皇本紀』(司馬貞によるもの。ここでは天地が壊れた話について、苗族と羌(チャン)族との戦乱が神話に反映されたと書かれている)などいくつもの史書や古典がそれぞれ触れており、中国の神話の中での女媧の重要さがうかがえます。女媧は中華民族の始祖・母的な存在なのです。