昆曲(昆劇)

昆曲(昆劇)

昆曲(昆劇)とは

昆曲とは京劇より古い演劇形式で、元末から明の初め、江蘇省昆山一帯に生まれました。最初は蘇州一帯で演じられていましたが、明の万暦帝の時代(1573~1620)になると蘇州を中心に長江以南、銭塘江以北に広まり、その後北京にも伝わり、明の中期から清の中期にかけて影響力の最も大きな伝統劇になりました。

昆曲の特徴

昆曲の特徴としては抒情性の強さ、動作の繊細さ、節回しの美しさ、優雅な舞踊などが挙げられます。清代の中期以降、演劇の王者としての地位は北京を中心に発展した京劇が取って代わりますが、昆曲と京劇、見た目はほとんど同じです。昆曲の特徴は主に節回しの繊細さや優美さにあります。

昆曲発祥の地・蘇州

昆曲発祥の地・蘇州

昆曲の発祥の地は江蘇省の蘇州です。「上に天堂あり、下に蘇杭あり」(天には天国があり、地には蘇州・杭州がある」という言葉があるくらい美しいとされた土地です。マルコ・ポーロは蘇州を訪れ、その旅行記に「蘇州の美しさは驚くほどだ」と書いています。青瓦に白壁、河にかかる小さな橋、霧にかすんだ川面に浮かぶ船、古刹からは鐘の音が響いてくる…こんな場所だったようです。戦前の歌手・李香蘭が映画の主題歌として歌った「蘇州夜曲」はさまざまな歌手に歌い継がれ、蘇州という地名は日本人にとって今も魅力的な響きを持っています。が、十年ほど前に訪れた蘇州は中国のごく普通の地方都市で往年の輝きは感じられませんでした…。

農村の昆曲
農村で村人たちが昆曲を見るため集まっています

昆曲の節回し

昆曲の節回しは「昆腔」とも言います。「腔」と言う以上単なる民謡などではなく、やや複雑な節回しを持ちます。この節回しについて明代の文人は「非常に柔らかく、水車で回る臼のようで耳い快い」とほめています。役者の歌い方についても「平仄を守り、すべての音は非常になめらかで出す音に俗っぽさがなく、歌い終わりは消え入るようでその口元も優美である」と言っています。

昆曲の有名な演目

牡丹亭
牡丹亭

昆曲の有名な演目には春秋時代呉越の戦いを背景とした范蠡と西施のラブストーリー『浣紗記』、昆曲の代表作品である『牡丹亭』、玄宗皇帝と楊貴妃の悲劇を描いた『長生殿』、明の興亡を背景とした文人と妓女のラブストーリー『桃花扇』など多彩な作品があります。特に『牡丹亭』は日本でも有名で、歌舞伎役者の坂東玉三郎が蘇州弁でこの昆曲を演じたことで話題になりました。

『長生殿』のストーリー

長生殿
長生殿

長生殿』もまた『牡丹亭』と並んで昆曲の代表的な作品です。ここでは簡単に『長生殿』のストーリーを紹介しましょう。

『長生殿』は全50幕、安禄山の乱を背景にした玄宗と楊貴妃のラブストーリーです。楊玉環という女性が玄宗に召されて貴妃となり、その一族は栄華を極め、やがて安禄山の乱が起こり、楊貴妃は殺されます。乱が平定されると、妃を失って悲しみにくれる玄宗は道士に命じて妃の魂を探しに行かせます。やがて道士は海の仙山に楊貴妃がいることを探し当て、こうして月宮で玄宗と楊貴妃は再会するのです。こうした筋を優美な歌とセリフで演じていきます。

玄宗皇帝と楊貴妃の史実をなぞってはいるものの、汚らしく感じられる史実は捨て、ラブストーリーとして清らかな美のみそこからすくい上げて舞台化した作品で、優美な昆曲にふさわしい演目と言えましょう。

2017年に中国の昆曲団が来日し『長生殿』を国立能楽堂で上演しました。日本の高校の世界史で唐の歴史を学ぶ際玄宗皇帝と楊貴妃のストーリーにも触れますので、今後も昆曲団によってこの演目の来日上演があるかもしれません。

昆曲はなぜ衰退してしまったのか?

昆曲はなぜ衰退してしまったのか?昆曲は時代が下るとともに洗練の度を深めどんどん優美になっていきます。同時に人の胸打つ脚本も書かれなくなっていきました。こうなると大衆の人気は落ちていきます。その頃北京周辺で人気を集めていた京腔という節回しが人気を集め始めます。京腔の調べは高らかで昆曲の嫋々とした調べとは異なります。やがてこの調べを持つ演劇…京劇が伝統演劇の王座を昆曲から奪っていきます。いつの時代も人は目新しくて面白く、刺激的なものを追い求めます。演劇の世界も同じで、要するに昆曲は人に飽きられ京劇に取って代わられてしまったのでしょう。

昆曲は2001年国連ユネスコの世界無形遺産に認定されます。その高い芸術性が認められたと同時に、生命力を失いつつある保護すべき演劇とみなされたと言ってもいいかもしれません。

蘇州には世界遺産になっている庭園がありますが、ここを見学すると中で昆曲の一場面を演じてくれます。蘇州に行ったらこうしたところで昆曲を鑑賞するのもいいかもしれません。演劇としての完成度は高くありませんが、当時の貴族たちの庭園で彼らが愛した調べに耳を傾けることができるのは旅のだいご味でもあります。

蘇州の庭園
蘇州の庭園