京劇 【中国文化】

京劇

京劇とは

京劇とは18世紀末以降北京で盛んになっていった古典演劇で、北京の京を取って京劇と言います。歌、セリフ、舞踊、立ち回りなどで物語を進める音楽劇で、海外では「北京オペラ」と呼ばれています。甲高い声と独特の隈取(くまどり)…京劇(きょうげき)という中国の古典演劇の一部分をどこかで見聞きしたことがある人はそれなりにいることでしょう。

京劇と歌舞伎の違い

京劇は、17世紀にその萌芽を見、18世紀前半には盛んになっていった日本の歌舞伎とも似ています。近代以前、両者に交流があったのかどうかはわかりませんが、どちらも隈取をする役柄があること、男性が女性の役を演じること(現代京劇ではこれはなくなりました)など、共通部分があります。ただ京劇では役者が歌いますが、歌舞伎では役者は歌いません。また襲名制度も歌舞伎独特です。

京劇の舞台装置

舞台は簡素で、基本は机1つと椅子2つです。ほかの小道具は役者が持つ鞭や扇、ハンカチ、旗などです。それぞれいろいろな意味を表すことができ、たとえば赤い鞭は赤い馬を、旗の動きが流れる水を表したり、ハンカチをぐるっと回して平たくすると皿の意味になったりします。

類型化された京劇の役柄

京劇の登場人物は生、旦、浄、丑という4つの役柄に類型化されます。この4つの役柄は以下のようにさらに細かく分類されます。

京劇の役柄
役柄役柄の説明
老生35歳以上の男性役。ひげをつける。
武生将軍や英雄豪傑の役。
小生若者。ひげはつけない。
正旦青衣ともいう。しとやかで逆境にある女性。
花旦おきゃんで天衣無縫な若い女性。
武旦武芸に通じた女性。
老旦老女。化粧はしない。
正浄年齢は比較的高く、地位も高い。さまざまな隈取をする。
副浄文官、武将、大泥棒などの役。
コミカルな役。鼻と両目の間を白く塗る。

京劇の隈取の意味と理由

京劇の隈取
京劇の隈取

日本の隈取、中国の瞼譜

隈取くまどりとは歌舞伎独特の化粧法のことですが、中国の京劇にも“脸谱 liǎnpǔ”(瞼譜れんぷ)という独特の化粧法があります。これを日本語では通常「隈取」と訳します。ただ似たようなメイクでありながら、日本の隈取は顔全体ではなく、顔の筋肉を誇張したような部分的なメイクですが、中国の隈取は顔全体を塗りつぶします。

京劇で隈取をする理由

京劇など中国の伝統演劇で隈取をする理由は、どの役が善人役で、どの役が悪人役かをはっきりさせるためです。かつて芝居の観客は大部分がさほど教育のない庶民です。ほとんどは文字さえ読めませんでした。そうした観客に難しく複雑な設定は無理で、見てすぐ主人公は誰で、誰が敵か味方かわかるようにするのが隈取の目的だったのです。

善人役の主人公は隈取をしない

上で書いた役柄のうち「生」と「旦」は主人公と決まっており、一般には善人役なので隈取をしません。隈取をするのは善人であれ悪人であれ個性派、つまりキャラが立っている役柄です。

隈取の色彩にも意味がある

そうした個性派の隈取ですが、顔全体の色彩にも意味があります。関羽は顔がナツメ色(ナツメの実は熟すと赤黒くなる)だったというので赤い隈取をします。血にまみれたような悪人役も赤い隈取をすることがあります。白は陰険さを表し、たとえば曹操の隈取は白です。黒の隈取は公正さと強さを表し、たとえば中国版「遠山の金さん」、包拯(ほうじょう…包公、包青天とも)は黒い顔、額に三日月の傷。賄賂を受け取らず、権力者におもねらない立派な政治家として千年後の今日もなお人気を博していますが、包公を主人公とするテレビドラマでさえ、俳優は顔を黒っぽくし額に三日月の傷を入れています。隈取の影響力恐るべしです。

京劇と他の地方劇

京劇と他の地方劇の違い

中国には京劇以外にも昆曲(昆劇)、川劇、越劇など100以上もの地方劇があります。これら京劇以外の地方劇も舞台装置や隈取、衣装などは京劇と同じで、手や足、目の動かし方、立ち回りの型などもまったく同じです。違うのは歌や節回しなど音の部分です。

昆劇とは

地方劇のうち江蘇省で生まれ育った昆劇は京劇よりも歴史が古く、16世紀に生まれ大変な人気を博しますが、やがてその人気は京劇に取って変わられます。

昆劇は優美で嫋々(じょうじょう)とした調べを持ち、京劇はそれに比べると高らかな歌いぶりだと言われます。そう言われればそうかなあと思いますが、確かに昆劇の歌い方からは優美な感じを受けます。京劇が関東風なら昆劇は京都風でしょうか。見た目はまったく同じでも、セリフや節回しはまったく違うものなのです。この昆劇は京劇より一足早くユネスコの世界無形文化遺産に登録されました。その後京劇も無形文化遺産となっています。

川劇とは

川劇といえば変瞼

川劇とは四川省、貴州、雲南省などで愛されている地方劇です。この川劇の最大の特徴は「変瞼」と呼ばれる変身(変顔?)の術です。顔の隈取が瞬時に変わるのです。これにはいろいろな方法があるのですが、そのうちの一つはいろいろな隈取を布に描いておき、その布に糸を結んでおいて、必要に応じて観客にわからないようその糸を引いて顔を変えます。要するに布のお面を取り換えるわけですが、観客には顔そのものが変わるように見え、鮮やかにこの技を決めていく役者は「おお!」という観客からの喝采を受けるのです。

川劇の変瞼-1
川劇の変瞼-1。この隈取が
川劇の変瞼-2
川劇の変瞼-2。一瞬でこう変わります

門外不出のはずだったのに…

『変瞼 この櫂に手をそえて』という映画(1996)は日本でも上映されましたが、この川劇の役者が主人公で、日本でも人気のある朱旭(NHK『大地の子』のお父さん役)が演じました。日本の雑誌でのインタビューで、変瞼の技を映画で披露する際、川劇役者の指導を受け、その時この技のやり方について決して口外しないよう約束させられたと言っていました。

門外不出の技である「変瞼」ですが、残念ながら今では京劇などでも行われるようになり、川劇だけのオリジナル芸ではなくなってしまったようです。

越劇とは

越劇は浙江省紹興(「呉越同舟」という成語でも有名な越の国があったあたり)で生まれた地方劇で、女性だけで演じます。いわば中国の宝塚ですが、特に女性だけで演じるポリシーがあるわけではないようです。もともとは男性だけで演じられ、やがて女性も加わり、今では女性だけになったということのようです。

京劇と他の地方劇の演目

京劇には京劇だけの演目(出し物)が、昆劇には昆劇だけの演目があります。

たとえば京劇では『覇王別姫』『楊門女将』などが有名です。昆劇では『牡丹亭』『桃花扇』などが有名です。

いろいろな演目

京劇の『覇王別姫』は漢の劉邦との戦いで有名な項羽と虞美人の物語。映画『さらばわが愛 覇王別姫』は、この演目を演じる二人の京劇役者の半世紀にわたる愛憎の物語でした。

京劇の『楊門女将』は日本でも小説に描かれていますが、北宋の武門楊家の戦いの物語。頼れる男たちをすべて戦いで失い、百歳のおばあさんが指揮を執る、痛快な女性武将たちの物語です。今年これを演目に京劇団が天津からやってきて、見た人からはすばらしかったという声があがっています。

昆劇の『桃花扇』は明の滅亡を背景とした、若き文人と遊女の恋物語です。

京劇初心者におすすめは孫悟空の物語

京劇初心者が見るにはどれがいいか、やはり『闹天宫』(孫悟空 天宮をおおいに騒がす)が面白いのでは? 猿にも見え、人にも見える、不思議な存在孫悟空のコミカルが演技が見ていて楽しいです。

昆劇の牡丹亭もお勧め

先にあげた昆劇の『牡丹亭』は舞台にまず美しい令嬢とおちゃめな侍女が登場し、花咲き乱れる庭園で少女と若者の出会いがあって、昆劇の名にふさわしい美しいドラマです。最初に登場する二人の少女の手や足の動きがなんとも優美で、京劇に興味のある方は心奪われることでしょう。これは昆劇であって京劇ではない、と言われてしまうかもしれませんが、京劇と昆劇の違いは節回しやセリフ、いわば音にのみあって動きそのものは同じですから、京劇によく似た中国の伝統演劇として昆劇も楽しむことができます。

牡丹亭と坂東玉三郎

昆劇の『牡丹亭』は、女形として有名な歌舞伎役者坂東玉三郎が昆劇の地元蘇州に赴き、まったく意味のわからない蘇州弁を丸暗記して、昆劇の劇団と共演したことで話題になりました。東京での上演を私も見に行きましたが、それはそれは美しい舞台で見入ってしまいました。ただやはり昆劇というより、歌舞伎風昆劇という印象を持ちました。どこがどうとうまく言えないのですが、漂ってくるものがやはり歌舞伎なのです。

牡丹亭ストーリー

牡丹亭は怪談『牡丹灯籠』の原案

ではその牡丹亭のストーリーをざっとご紹介しましょう。日本では怪談『牡丹灯籠』として有名です。そう、これは怪談なのです。ただ少しも恐ろしくなく、明の時代に生きた年ごろの少女の一途な恋物語なのです。

美少女杜麗娘は夢見る少女

上流家庭で厳格なしつけを受けた美少女杜麗娘は16歳、ある日お茶目な侍女とこっそり屋敷の裏庭に忍び込み自然の美しさに心を奪われます。そして気持ちよくうたたねしてしまうのですが、そのうたたねの夢の中で一人の若者に出会います。夢から覚めても彼女はその若者を忘れることができず、成就することのできない恋の苦しみにやがて衰弱し死んでしまいます。その若者は実は実在し、彼女が死んだ後この屋敷を訪れます。ここを宿にした彼は夜ごと美しい亡霊に出会うのですが、実はこれが杜麗娘の亡霊で、冥途の審判によって一時この世に戻ることが許されたのでした。彼女はやがてこの若者によって棺桶からよみがえることができ、二人はやがて結婚し幸せに暮らしました、メデタシメデタシというお話です。

わかりやすいストーリーは京劇(昆劇)入門に最適

今から何百年も昔、儒教による女性への束縛が厳しかった時代に描かれたなんともロマンチックかつ荒唐無稽な物語です。

物語の展開はわかりやすいので、中国の伝統演劇を楽しむにはちょうど良い演目だと思います。