呉越同舟ごえつどうしゅう

意味
危機の中で仇どうしが協力し合うこと。また、仲の悪い者が同席する意味にも。
例文
今は争っている時ではない。呉越同舟でいきましょう。
出典
『孫子』九地……『孫子』とは、紀元前500年ごろ、春秋時代の軍事思想家・孫武によって書かれたとされる兵法書。紀元前5世紀中ごろ~紀元前4世紀中ごろに成立したと考えられている。この中の九地篇は9種類の地勢とそれに応じた戦術について述べたもの。

『呉越同舟』の由来

「呉越同舟」の故事の時代

「呉越同舟」の故事の時代(年表)
呉越同舟」の故事の時代(年表)。中国の春秋時代の出来事です。

「呉越同舟」の故事の場所

「呉越同舟」の故事の場所(歴史地図)
呉越同舟」の故事の場所(歴史地図)。呉と越はこの地図だと右下。

「呉越同舟」の故事

呉と越の国境付近の川。
呉と越の国境付近に流れる「富春川」(杭州市)。

春秋時代、呉(ご…BC585~BC473 春秋時代に存在した国。現在の蘇州周辺を支配した。紀元前478年に越王勾践によって滅ぼされた)と越(えつ…BC600~BC334 春秋時代に浙江省のあたりにあった国)は実に仲が悪く戦いを繰り返していました。ある日呉と越の国境にある川の渡し船に呉人と越人が十数人乗り合わせました。双方はお互いに知らんぷりをし、船内にはなんとも重い空気が流れていました。

船がっくりと岸を離れ南岸に向かって走り出し川の中ほどに来ると、突然空が真っ暗になり、激しい風、天の底が抜けたような雨、そして巨大な波が船を襲いました。呉の子供が二人怖くてワーワーと泣き始めるわ、越の老女が船の揺れに耐えかねて転んでしまうわ、船の中は大変な騒ぎです。船頭は必死に舵を取りながら船倉に入るようみなに大声で呼びかけます。

若い水夫が二人帆柱のロープをほどき、帆を下ろそうと駆け付けます。しかし船は波風に激しく揺られどうしてもロープがほどけません。早くほどいて帆を下ろさないと船は転覆してしまうでしょう。あわやというその時、若い船客たちが呉人も越人もなく、先を争うように帆柱に駆け付け、ともに狂風や怒涛と戦ってロープをほどきました。彼らの協力ぶりは左右の手のごとく見事なものでした。

しばらくして渡し船の帆はすべて下ろされ、激しく揺れていた船は落ち着きを取り戻しました。船頭は風雨の中ともに危機を乗り越えた人々を眺めしみじみとこうつぶやいたと言われます。「呉と越がいつまでもこのように仲睦まじかったらどんなに良いことか!」

この話はやがて「呉越同舟」という故事成語になりました。

孫子という希代の兵法家がこのたとえ話で言いたいことは、いくさで勝つには組織に危機感を持たせよということです。危機的な状況では「呉越同舟」のように仲の悪いものどうしでも見事なチームワークを発揮する。組織をそういう状況に追い込んでいけば団結できる、団結できれば勝てる、と教えているわけです。逆に言うならば組織の中でごたごたがあり、足の引っ張り合いをしているようでは勝てるいくさにも勝てないということでしょう。

『呉越同舟』の中国語

中国語吴越同舟
ピンインWú Yuè tóng zhōu
音声
意味危機の中で仇どうしが協力し合うこと。

日中同じ形の成語ですが、中国語には日本語の成語にはある「仲の悪いものが同席すること」という意味はありません。