左遷
意味
左遷とは、今までより低い地位に落とすこと。
例文
彼、最近見ないと思ったら左遷されていた。例の事件が影響したのかもしれない。
出典
『史記』項羽本紀
……『史記』とは:中国の歴史書。前漢武帝の時代に司馬遷によって編纂された。
……項羽とは: 秦末期の楚の将軍。秦を滅ぼし西楚の覇王を名乗るが、劉邦と戦い敗北する。
……『史記』とは:中国の歴史書。前漢武帝の時代に司馬遷によって編纂された。
……項羽とは: 秦末期の楚の将軍。秦を滅ぼし西楚の覇王を名乗るが、劉邦と戦い敗北する。
「左遷」の由来
まずは「左遷」の由来となったお話の年表と歴史地図から紹介します。
「左遷」の故事の時代
「左遷」の故事の場所
「左遷」の故事
項羽は劉邦と「鴻門の会」を終えると、秦を滅ぼしその首都咸陽を焼き払います。
その後中国全土の領土を武将たちに分け与えますが、秦打倒で大きな功績を立てた劉邦だけは警戒し辺境の地である巴・蜀・漢中を与えて追っ払います。
「巴・蜀道険、秦之遷人皆居蜀」(巴・蜀は道険にして、秦の遷人みな蜀に居る)…巴や蜀は道が険しく、しかも蜀には秦の流人どもが追いやられている…
つまり劉邦は土地を与えられたといってもひどく辺境な、誰もが行きたがらない場所を与えられたのです。
巴は現在の四川省重慶、蜀は同じく四川省成都のこと。漢中とは陝西省南部の地域を表します。つまり中国大陸の中心地・中原(地図の洛陽周辺)からすれば左側、ここから「左遷」の語は生まれたと言われています。
「左遷」の関連語
「左遷」と同じく項羽・劉邦に関する故事成語に、「右に出る者はいない」「鴻門の会」「四面楚歌」「捲土重来」「背水の陣」「敗軍の将は兵を語らず」「先んずれば人を制す」などがあります。
また、項羽の愛妻「虞美人」についても詳しく紹介しています。
『右に出る者はいない』
(故事成語の由来のほかに、左右の序列は歴史的にどう変わってきたかなどについても紹介しています。)
(故事成語の由来のほかに、左右の序列は歴史的にどう変わってきたかなどについても紹介しています。)
「左遷」の中国語
中国語 | 左迁 |
---|---|
ピンイン | zuǒqiān |
音声 | |
意味 | 左遷する。 |
中国語の「左遷」は書き言葉であまり使いません。普通は“降职 jiàngzhí”(地位を下げる)と言います。