完璧
※『史記』とは:中国前漢の武帝の時代に司馬遷によって編纂された中国の歴史書。二十四史のひとつ。紀伝体(各人物の事跡を中心に記述する歴史の書き方)の歴史書で、伝説上の人物黄帝から前漢の武帝までが記されている。
「完璧」の由来
「完璧」の故事は中国の戦国時代の出来事で、「和氏の璧」と呼ばれる趙の国の宝物にまつわる話です。
「完璧」の故事の時代
「完璧」の故事の場所
「完璧」の故事
完璧の由来となった物語の時代は中国の戦国時代です。中国の戦国時代と言えば紀元前403年から紀元前221年まで。秦の始皇帝が中国を統一することで戦国時代は終わりを告げます。
場所は趙国。戦国七雄の一つでしたが最後は秦に滅ぼされてしまいます。この趙国の王がある時「和氏の璧」と呼ばれるすばらしい玉を手に入れます。「玉」というのは半透明の薄い石のことで装飾品です。璧も玉の一種ですがこちらはドーナツのような形をしています。
趙の王が和氏の璧を手に入れたという噂を聞きつけ、秦の王はそれが欲しくてしかたがなくなります。そこでその玉を譲ってくれないかと趙王に頼みます。代わりに「15の城」をやろうと言うのです。この「城」は日本のような城ではありません。町のことです。城壁で囲まれた町を15もくれると言うのです。この玉、よほど魅力があったのでしょう。
趙王は悩みました。趙と秦を比べれば趙は小国、秦は大国です。うっかり断れば攻め滅ぼされるかもしれません。といって玉を渡してしまえば、町を15もくれるなんていう話は反故(ほご)にされるかもしれません。そこで王は大将軍の廉頗やそのほか多くの大臣と相談をしました。しかしなかなか結論が出ません。誰を使者にするかさえ決まりません。すると一人の大臣が「うちの食客にすごい男がいるのですが、この男をやるのはどうでしょうか?」と言い出しました。食客というのは居候(いそうろう)、つまり他人のうちに寄食してぶらぶらしている人間のことです。日本では軽蔑の的となりますが、昔の中国では地位や勢力のある人の家にはこういう男がごろごろいました。ふだんはただ飯を食べさせてもらっているのですが、いざという時には知恵やら力などを出して主人を助けるのです。
この食客の名前を藺相如と言います。昔この食客の主である大臣が何かミスをやらかして趙国から燕国に逃げようとした時この食客に止められます。「あなた様は燕王があなたに優しいから頼っていくとおっしゃるが、なぜ燕王があなたに優しいか?あなたが好きだからか?まさか!それは燕より趙の方が強大で、その趙の王にあなたが可愛がられているからです。その趙王を裏切るあなたなど燕王にとって一文の価値もありません。頼っていけばすぐ縛り上げられそのまま趙に送り返されることでしょう。ここは趙王にひたすら詫びを入れることです」こう諄々と説得され、大臣は趙王に詫びて赦してもらいます。藺相如、なるほどデキル男です。人間心理を読みぬいていますね。二千年以上も前の話です。人間心理はほとんど変わっていないのですね。
さて趙王は藺相如に会うことにしました。この男の話を聞くと噂にたがわぬ切れ者。「私にお任せいただければ、秦王が約束を違えた時にはあの玉、傷一つ付けず大王様の元にお戻しいたします」とキッパリ言ってのけます。こうして趙王は藺相如に和氏璧を持たせて秦に送り込みました。
ところがこの秦王、やっぱり狙いはただで玉を手に入れること。町を15もやるなんて口先だけの嘘でした。藺相如はそこを見抜きます。そこでいったん渡した玉を「この玉には少々傷がついておりまして、そこをお見せしたいと思いますのでちょっと貸してください」と偽って自分の手に戻すとやにわに宮殿の柱に向かい、それを背に秦王をにらみつけます。「ええい、この無礼千万な秦王め、嘘八百を言いやがって、ただで和氏の璧を手にいれようたってそうは問屋がおろすか!わしを殺す気か?やるならやってみろ。この玉もろとも柱にぶつかってド頭も玉もこなごなに砕いて見せるわ!」と激怒して叫びます。この時、藺相如の髪の毛は怒りのあまり逆立ち、帽子をかぶっているかのようだったと言います。この様が後に「怒髪天を衝く」という故事成語になりました。
この気迫に秦王はびっくり仰天。玉を粉々にされないよう藺相如の指示に従うふりをします。このすきに藺相如は玉を家来に持たせて趙に戻してしまいました。こうして玉は趙王に約束した通り、一点の傷もなく元のままの美しい姿で趙王の手に戻りました。
この物語から中国語では「完璧帰趙」(元のままの璧が趙に帰る)と言えば、「壊すことなく元の姿のまま持ち主に返すこと」という意味を表すようになったのです。
ところでその後藺相如はどうなったのでしょうか?
藺相如は無事生き延びました。殺してしまいましょうという臣下の声に対し秦王は「いやいや今更藺相如を殺しても玉は返ってこない。それよりここは趙に恩を売っておこう」と彼を帰すことにするのです。藺相如は帰国したのちその勇気と智謀ゆえに大出世を果たしました。
この物語から中国語では「完璧帰趙」(元のままの璧が趙に帰る)と言えば、「壊すことなく元の姿のまま持ち主に返すこと」という意味を表すようになったのです。
藺相如:中国の戦国時代の趙の将軍。「完璧」や「刎頸の交わり」の故事で知られる。
廉頗:中国の戦国時代の趙の将軍。「刎頸の交わり」の故事で知られる。
「完璧」の関連語
「完璧」の話に出てくる「和氏の璧」は山から取ってきた原石を磨き上げるのですが、そこにもお話があります。詳しくは「和氏の璧」のページで紹介しています。
また、この故事に出てくる藺相如と、同じ趙の国の将軍で廉頗という人物がいるのですが、この二人の有名な話に「刎頸の交わり」というものがあります。
「完璧」の中国語
中国語 | 完璧归赵 |
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ピンイン | wán bì guī zhào |
音声 | |
意味 | 物をもとのまま、少しも壊すことなく持ち主に返すこと。 |
日本の故事成語「完璧」では、この中国の成語の前半だけをもらいました。中国語はこの前半だけで使うこともありますが、普通は4字一緒の意味で使います。前半だけで使う時、つまり「完璧」と言う時の意味は日本語と同じです。ただ話し言葉ではほとんど聞いたことがありません。書き言葉として使います。日本語では「カンペキ!」と子供でも使いますね。日本語に入っている中国語はかなり古い時代の中国語で、そのため現代中国語の話し言葉からは消え、書き言葉にのみ残っているということがよくあります。
この「完璧」という熟語ですが、日本人は「璧」が「玉」のことだと知ると「完全な玉」という意味だととらえます。ところがこの故事成語の物語を読めばわかるように、「完璧」は「完全な玉」ではなく、「玉を全きものとする」という動詞+目的語構造の意味です。「動詞~+名詞〇」の構造の熟語を一般に日本人は「〇を~する」ではなく、「~な〇」と取りがちですので注意しましょう。
また「完璧」の「璧」という字は「壁」(かべ)によく似ています。どちらも「ヘキ」と読みますが一方は玉、もう一方は「かべ」です。