朝三暮四
※『荘子』斉物論とは:荘子思想の中核をなす論。世界の根源にあり世界を支えている「道(タオ)」の絶対性の下では、世界における万物の相違などは意味をもたない。「道(タオ)」と一体化することで個の価値を回復し、何ものにもとらわれない境地に達することができるという論。
※列子とは:列禦寇の尊称。またはその著書である道家(……黄帝・老子を開祖とし、荘子・列子が継承したとされる学派。政治や処世の術として無為自然を説き、「道」や「無」による万物の生成などを主張)の文献のこと。
「朝三暮四」の由来
「朝三暮四」の故事は『荘子』と『列子』に出てきます。『荘子』の著者荘子は実在の人物ですが、『列子』の著者に関しては列禦寇と言われているものの、複数人説もあり、ややあやふやです。
では『荘子』と『列子』に出てくる二種類の故事について紹介します。まずは当時の年表と地図から見ていきましょう。
「朝三暮四」の故事の時代
「朝三暮四」の故事の場所
「朝三暮四」の故事
『荘子』斉物論に出てくる「朝三暮四」の話は、実質は同じなのに見るところによって感じ方が違ってしまうという例としてこの話が出てきます。
「あるサル使いの親方が栃の実を与えようとして『朝は三つ、夜四つにするぞ』と言うと、サルたちはみな怒った。そこで親方が『それでは朝四つにして、夜三つにしよう』と言うとサルはみな喜んだ」という寓話を載せ、続けて
「合計七つであることに違いはないのに、喜怒の感情が左右した。それはサルたちが朝四つ、夜3つが正しいという自分たちの価値基準に縛られているからだ」と言っています。
『列子』にある、「朝三暮四」のものがたりとしては
「宋に狙公というサル好きがいた。サルを飼ってこれを可愛がり、狙公とサルは心が通じ合っていた。狙公の家族の食い扶持を減らしてもサルの餌は減らさないほどだった。ところがこの家が急に貧しくなってしまった。サルの餌を減らそうとしたが、そうすると自分に従わなくなるのではと思い、こう言ってサルをだました…」
この後の話は『荘子・斉物論』と同じです。
つまり『列子』の話の眼目は、言葉に踊らされて騙す、あるいは騙されるというところにあり、荘子の方は本質は同じなのに言葉によって感情が変わる例として使われているのです。
「朝三暮四」と勘違いしやすい「朝令暮改」
この「朝三暮四」という故事成語は、数年前ある首相がこの成語の意味を取り違え失笑を買ったことで有名?になりました。
ある首相とは当時民主党党首の鳩山由紀夫氏のことです。2010年当時の衆院予算委員会で、この年度の第一次補正予算で凍結した財源を第二次補正に回すことに関連して、当時の自民党幹事長代理から「朝三暮四という言葉をご存じか」と質問され、
「知っている。朝決めたことが夜すぐに変わるという意味、物事をあっさり変えてしまうことだ」と 自信たっぷりに答えたのですが、「それは『朝令暮改』のこと。成語『朝三暮四』とは…」とこの成語についての講義を受けるはめになったということです。
当時この話は、日本の総理大臣ともあろうものが常識を知らないとしてニュースになりました。「朝三暮四」という故事成語が常識に入るかどうか(中学か高校の国語または漢文で勉強しているはずではありますが)微妙ですが、日本の総理大臣と言えば、少なくとも戦前生まれであれば漢学の素養があるのが普通です。これは明治以降日本の政治を担ったのが士族、つまり侍の家系であったことに由来するのでしょう。侍の教養は儒教を中心とする漢学でしたから。
ところで、「第一次補正予算で凍結した財源を第二次補正に回す」ことを「朝三暮四」の例に使ったのは適切です。荘子的ニュアンスで使ったか、それとも列子的ニュアンスかと言えば明らかに列子的ニュアンス、「人を言葉でたぶらかす」という意味合いで使われています。
「朝三暮四」の関連語
「朝三暮四」と同じく『荘子』がもとになってできた故事成語には、「井の中の蛙」「荒唐無稽」「余地」「大同小異」などがあります。
「朝三暮四」の中国語
中国語 | 朝三暮四 |
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ピンイン | zhāo sān mù sì |
音声 | |
意味 | 目先の違いに気を取られ、結局は同じことであることに気づかないこと。また口先で人をだますこと。 |