漁夫の利
「漁夫の利」の由来
「漁夫の利」は中国の戦国時代に燕策が用いた例え話が元となってできた故事成語です。まずはこのお話の年表と地図から見ていきましょう。
「漁夫の利」の故事の時代
「漁夫の利」の故事の場所
「漁夫の利」の故事
中国の戦国時代の話です。趙(BC403~BC228 戦国時代に存在した国。戦国七雄の一)が燕(BC1100~BC222 周・春秋・戦国の時代に存在した国。現在の北京周辺の土地を支配した。戦国七雄の一)を討とうとしていました。蘇代という遊説家が燕のために、趙の恵文王のところに言ってこう説きました。「今回こちらに来る途中易水(河北省を流れる川。現在の中易水)を渡りました。そこに蚌が出てきて、鷸がその身をついばみました。すると蚌は鷸の嘴を挟みこんでそのままぴたりと口を閉じてしまいました。鷸は
『今日も明日も雨が降らなければお前は死んでしまうだろう』
と言いました。蚌も負けずに
『そっちこそこのままなら死んじまうだろう』
と言い返しました。両者はお互いに譲ろうとしません。そこに漁師がやってきて鷸と蚌の両方を捕まえてしまいました。
今、趙は燕を討とうとしていますが、燕と趙が争って民衆が疲弊すれば、強大な秦(しん BC778~BC206 周・春秋・戦国の時代に存在した国。BC221に中国を統一したが、BC206に滅亡。首都は咸陽)が乗り出し漁夫の利をかっさらっていきはしないでしょうか?どうか大王様、ここはぜひともよくお考えください」
これを聞いた趙の恵文王は「なるほど」と言って燕攻めをやめました。
この話が元になって「漁夫の利」という故事成語ができました。
「漁夫の利」の関連語
「漁夫の利」は『戦国策』の中にある、遊説家が例え話を用いて戦争を思いとどまらせる話ですが、同じ『戦国策』の中にある「蛇足」も同じような流れでできた故事成語です。
『戦国策』が元となってできた故事成語には他にも、「隗より始めよ」「虎の威を借る狐」「一挙両得」などがあります。
「傍若無人」で荊軻が易水で別れを告げる場面がありますが、この易水は「漁夫の利」で鷸と蚌が争っていたのと同じ川です。
「漁夫の利」の中国語
中国語 | 渔翁得利 |
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ピンイン | yú wēng dé lì |
音声 | |
意味 | 意味は日本語の場合と同じで、当事者が争っているうちに第三者に利益を持っていかれてしまうこと。 |
または、
中国語 | 鹬蚌相争 |
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ピンイン | yù bàng xiāng zhēng |
音声 | |
意味 | こちらの意味も日本語の場合と同じです。 |
と言います。「漁夫の利」とは言わず上の二つのように言います。