過ぎたるは、なお及ばざるが如し

意味
何事もやり過ぎはやり足りないのと同様よくない、ということ。
例文
体に良いからって毎日キャベツばっかり食べてるなんて!過ぎたるは及ばざるがごとしって言うでしょ。
出典
『論語』先進

※『論語』とは: 孔子と彼の高弟の言行を弟子達が記録した書物。

※先進とは:孔子は55歳から68歳まで、魯を離れて諸国を放浪する。この放浪期以前に弟子入りした子路、顔淵らを指す。この弟子たちに関する話が書かれている篇。

「過ぎたるは、なお及ばざるが如し」の由来

過ぎたるは、なお及ばざるが如し」という故事成語は孔子の言葉を集めた『論語』から取ったものです。とても短い話なので原文・書き下し文・現代語訳で紹介します。まずはこの話の時代の年表と歴史地図から見ていきましょう。

「過ぎたるは、なお及ばざるが如し」の故事の時代

「過ぎたるは、なお及ばざるが如し」の故事の時代(年表)
過ぎたるは、なお及ばざるが如し」の故事の時代(年表)。孔子は春秋時代に活躍しました。

「過ぎたるは、なお及ばざるが如し」の故事の場所

「過ぎたるは、なお及ばざるが如し」の故事の場所(歴史地図)
過ぎたるは、なお及ばざるが如し」の故事の場所(歴史地図)。孔子は魯の国の出身です。

「過ぎたるは、なお及ばざるが如し」の故事

過ぎたるは、なお及ばざるが如し

「過ぎたるは、なお及ばざるが如し」の原文

子貢問 師与商也孰賢 子曰 師也過 商也不及 曰 然則師愈與 子曰 過猶不及

「過ぎたるは、なお及ばざるが如し」の書き下し文

こう問う、師と商といずれかまされる。子いわく、師や過ぎたり。商や及ばず。曰く、然らば則ち師まされるか。子曰く、過ぎたるはなお及ばざるがごとし。

「過ぎたるは、なお及ばざるが如し」の現代語訳

子貢が「師(子張)と商(子夏)ではどちらが優れているでしょうか」と孔子に尋ねると、

「師は度が過ぎている。商は物足りない」と答えました。

「ということはつまり師の方が優れていると言うことでしょうか?」と更に聞きますと

孔子は

「いや、度を越しているのは、物足りないのと同じことだ」と答えたということです。

※師(子張)と商(子夏)は共に孔子の弟子の名前。

この話で孔子は適切な度、つまり中庸を求めているわけで、足りないのもだめだし、行き過ぎているのもだめだ、と教えているのです。良いことだからとそれを過度に推し進めていくと、ある時点から良いものではなくなってしまう、実生活でもよく経験することです。

「猶」は漢文では再読文字と言って、まず副詞として読み(「なお」)、次に返り点に従って助動詞として読む(「ごとし」)、つまり同じ文字を二回読むわけです。

現代中国語の“犹”(猶の簡体字)には「~のようだ」という意味と、「なお」という意味、二つの意味があり、両方が重なって「なお~のようだ」となることはありません。

「過ぎたるは、なお及ばざるが如し」の関連語

「過ぎたるは、なお及ばざるが如し」の中国語

中国語过犹不及
ピンインguò yóu bù jí
音声
意味日本語と同じです。

中国語も日本語もまったく同じです。中国語は4文字、日本語は14文字です。「過猶不及」を日本語として解読する場合、意味が通るように言葉を補わなければならず、その分字数が増えるのです。