『涼州詞』王翰

『涼州詞』王翰

涼州詞りょうしゅうし』は、盛唐の朝廷詩人・王翰おうかん(687~726)が詠んだ辺塞詩へんさいし(辺境の砦を詠んだ詩)です。涼州は今の甘粛省、役人であった王翰は実際にはここまで来ていません。これは想像で作られた詩です。

ここでは『涼州詞』の原文・書き下し文・現代語訳・解説・作者である王翰の紹介などをしていきます。

『涼州詞』の原文

葡萄美酒夜光杯

欲飲琵琶馬上催

酔臥沙場君莫笑

古来征戦幾人回

『涼州詞』の書き下し文

葡萄の美酒夜光やこうはい

飲まんと欲すれば琵琶馬上にもよほ

うて沙場さじょうす君笑ふことなか

古来征戦せいせん幾人かかへ

『涼州詞』の現代語訳

葡萄の美酒を夜光杯にそそぐ

飲もうとすると馬上からは琵琶の音色が

酔って砂漠に倒れこんだりしても笑ってくれるな

古来いくさから生きて戻った者などほとんどいないのだから

『涼州詞』の解説

第1句「葡萄美酒夜光杯」

第1句…「葡萄美酒」、つまり高級ワインです。ワインは西域から中国に伝わりました。「夜光杯」は「夜月の光を受けて光る杯」。夜光杯は甘粛省の特産の玉で作られた杯で、夜、杯を酒で満たし透かしてみると光るんだそうです。夜光るから夜光杯、ありきたりなネーミングですが、「夜光杯」という漢字とその調べはなんとも妖しげで魅力的。「夜光虫」の連想から来るんでしょうか。夜光虫はプランクトンのことで、大発生すると夜青光りを発します。鎌倉あたりの海でも眺めることができ、なんとも幻想的な風景を生み出します。

この玉の杯を「ガラスの杯」とする説もあります。ガラスも西域から伝わりました。

葡萄美酒夜光杯…この第1句で異国情緒好きはノックアウトですね。日本語に訳した場合「ワイン」では駄目でしょう。軽すぎます。「葡萄美酒」という漢字こそが異国情緒を醸し出します。

第2句「欲飲琵琶馬上催」

第2句…「琵琶」も西域の楽器でもともと馬に乗って弾くものです。弾いているのは緑色の目をしたイラン系の女性芸人?音曲も中国風ではなくて西域風の音楽。どんな音色だったのでしょうか。アラビア風?トルコ風?お酒を飲まずとも酔ってしまいそうですが、ここは中国最果ての地、前線の兵士たちの酒盛りの場です。

第3句「酔臥沙場君莫笑」

第3句…「沙場」は「砂漠」。「莫笑 」は「笑わないでくれ」。酔いどれたあげく砂漠に突っ伏して寝込んでも笑わないでくれよ。このへんで戦争の匂いがしてきます。度を越した酔いっぷりは恐怖を忘れようとするためかもしれません。

第4句「古来征戦幾人回」

第4句…「征戦」は「いくさ」。「幾人回」は「いったい何人が生きて戻ってきたろうか」という反語表現。ほとんど戻ってこなかっただろう、この自分も明日をも知れぬと言いたいのです。1句2句のきらびやかな異国情緒は、この覚悟・あきらめ・やけっぱち・僥倖(ぎょうこう)を願う思い…と表裏一体です。

この詩は「涼州詞」というメロディにのせて歌われました。昔から大変よく知られた詩ですが、異国情緒あり、戦争に駆り出される男たちの悲哀あり、大ヒットソングだったに違いありません。命のつかの間の華やぎを求めるこの詩の舞台装置は、古いアメリカ映画・『カサブランカ』の酒場を思い出させます。

『涼州詞』の形式・技法

『涼州詞』の形式……七言絶句(7語を1句として全部で4句となる詩型)です。

『涼州詞』の押韻……杯・催・回。

『涼州詞』が詠まれた時代

唐の時代区分(初唐・盛唐・中唐・晩唐)

唐詩が書かれた時代は、しばしば初唐(618~709)・盛唐(710~765)・中唐(766~835)・晩唐(836~907)に分けて説明します。時代の変化を表わすとともに、詩の持ち味の変化も表します。

『涼州詞』が詠まれたのは盛唐の頃です。

『涼州詞』の作者「王翰」について

王翰おうかん(687~726)は盛唐の時期の朝廷詩人。李白や杜甫より少し先輩に当たります。辺塞詩というジャンルで有名です。