『黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る』李白
『黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る』とは盛唐の詩人・李白の詩です。
「孟浩然」は李白より十歳年上で当時文名の高かった詩人、李白が尊敬していたと言われます。孟浩然という名前は知らなくても、「春眠暁を覚えず」という言葉を聞いたことがある人は多いことでしょう。これは孟浩然の詩『春暁』の第一句です。
この孟浩然が船出して揚州に向かうのを李白が見送った詩です。
ここでは『黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る』の原文・書き下し文・現代語訳・解説・作者である李白の紹介などをしていきます。
『黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る』の原文
故人西辞黄鶴楼
煙花三月下揚州
孤帆遠影碧空尽
唯見長江天際流
『黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る』の書き下し文
故人西のかた黄鶴楼を辞し
煙花三月揚州に下る
孤帆の遠影碧空に尽き
唯だ見る長江の天際に流るるを
『黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る』の現代語訳
古くからの友人が西にある黄鶴楼に別れを告げ
春霞の美しい三月華やかな揚州に下っていく
はるかかなたにポツンと見える帆影は青緑色の空間に飲み込まれ
長江が天の果てに流れていくのだけが見える
『黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る』の解説
黄鶴楼は今も昔も有名な観光地。湖北省の長江の南側にある楼閣で、呉の223年に創建。当初は軍事上の見張り台でした。その後焼失しては何度も再建され、李白が孟浩然を見送った頃は長江の絶景を見下ろす宴会場だったと言います。
黄鶴楼の「楼」とは二階建て以上の建物のこと。この黄鶴楼には面白い言い伝えがあります。昔黄鶴楼のあった場所に酒場があり、そこでただ酒を飲ませてもらった老人がお礼として壁に黄色い鶴の絵を描いたと言います。するとその後、客が酒を飲み酔って手拍子打つとそれに合わせて絵の中の鶴が踊り出すようになりました。これが評判になり酒場は大繁盛、あるじは大金持ちになりました。それから数年、またあの老人がやってきて手をたたいて壁から鶴を呼び出し、その背に乗って老人は天上に去っていきました。あるじはこれを記念してその場所に楼閣を建て「黄鶴楼」と名付けたと言います。これはいわば仙人伝説でしょう。
故人とありますが、これは死者のことではなく「古い友人」です。李白と孟浩然はこの黄鶴楼で今までにも何回か会い、お酒を酌み交わしていたのかもしれません。その孟浩然はここ黄鶴楼に別れを告げます。
煙は春霞を指し、煙花は花々が咲き乱れる美しい春霞の光景のこと。旧暦三月は今ですと三月下旬から五月上旬ごろ。まさに春らんまんといった季節です。
揚州は長江沿岸の港町で交易で栄えた華やかな都市です。1句2句では美しい季節、華やかな町に向かって旅立つ友を歌っています。
詩の後半になると、別れとはいえどこか浮き立つ詩の調子が一変します。友はすでにはるかかなた。当時の船は帆掛け船、帆影がポツンと見えていたのもつかの間たちまち碧空に消えていきます。碧空は青空ではなく美しい青あるいは青緑色の空間です。そして長江が天の際に流れていく姿だけが見えるというのです。美しいけれどもなにか喪失感を感じさせる情景です。
交通がきわめて不便だった当時の別れは、今の別れからは想像がつかないくらい喪失感の深いものだったことでしょう。また会えるかもしれない、けれどももう二度と会えないかもしれない…。別れの意味は軽くはありません。春霞の下の真っ青な、海のような大河。友は確かにここにいたのにいつの間にか視野からは消えてしまった。見えるのは永遠に流れ続ける長江のみ。悲しみというより虚無感のようなものが感じられます。
『黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る』の形式・技法
『黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る』の形式……七言絶句(7字の句が4行並んでいます)。
『黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る』の技法……「楼、州、流」で押韻。
『黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る』が詠まれた時代
唐詩が書かれた時代は、しばしば初唐(618~709)・盛唐(710~765)・中唐(766~835)・晩唐(836~907)に分けて説明します。時代の変化を表わすとともに、詩の持ち味の変化も表します。
『黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る』が詠まれたのは盛唐の頃です。
『黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る』の作者「李白」について
李白(りはく…701~762)
中国文学を代表する詩人。「詩仙」とも称されます。
生涯を漂泊の旅に生き、中国文学史に輝く巨星の一つでありながら不遇の一生を送りました。この詩もまた立身出世を求めての漂泊の旅の途中、湖北省における詩です。
孟浩然は李白より年長で、官職につくことなく生涯を放浪や隠居暮らしに生きた人です。詩人としては高名で多くの交友関係があり、李白もその一人でした。
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