『春夜洛城聞笛』李白

『春夜洛城聞笛』李白

春夜洛城聞笛』(しゅんや らくじょうに ふえをきく)とは、唐を代表する詩人・李白の詩です。前半は情景を詠い、後半はそれに触発された郷愁を詠っています。笛の音、楽府古曲の歌と「音」が印象に残る詩です。

ここでは『春夜洛城聞笛』の原文・書き下し文・現代語訳・解説・作者である李白の紹介をしていきます。

『春夜洛城聞笛』の原文

誰家玉笛暗飛声

散入春風満洛城

此夜曲中聞折柳

何人不起故園情

『春夜洛城聞笛』の書き下し文

誰(た)が家の玉笛(ぎょくてき)ぞ暗(あん)に声を飛ばす

散(さん)じて春風に入(い)りて洛城に満つ

此夜(このよ)曲中折柳(せつりゅう)を聞く

何人(なんぴと)か故園(こえん)の情(じょう)を起こさざらん

『春夜洛城聞笛』の現代語訳

どこの家からか横笛の美しい音色が暗闇の中に聞こえてくる。

音色は広がって春の夜風に乗り洛陽の町中に満ちている。

夜に流れる笛の調べをよく聞けば『折柳』別れの曲ではないか。

この曲を聞いて故郷を思い出さない者がいったいどこにいよう。

『春夜洛城聞笛』の解説

第1句…「玉笛」の「玉」は美称で、要するに「笛」のことです。日本語で「笛」は横笛も縦笛も指しますが、中国古代の「笛」はすべて横笛で、縦笛は「笛」ではなく「簫」(しょう)といいました。「暗」は「暗闇」。「声」は「笛の音色」です。

この時李白は30歳を少し出た頃で、見聞を広めると同時に、人脈を作って宮廷に勤める、つまり職探しのために25歳で故郷を出てから5~6年が過ぎていました。この詩は洛陽の町に立ち寄った時の詩です。宿をとって外を眺めていると、どこからか笛の音色が聞こえてきます。洛陽は東の都と呼ばれていました。華やかな唐の都です(正式な都は西にある長安)。住民たちの中には笛を奏でる雅な趣味を楽しむ人もいたのでしょう。静かな夜に笛を奏でるのですから、笛に自信のある人です。練習中の興ざめな音色ではなく、熟練の人による美しい音色だったのでしょう。笛には玉という美称がついています。

第2句…「散」は「広がる」。「洛城」は「洛陽の町」。古代中国の町は、すべて城壁で囲まれており「城」と呼ばれます。日本のお城とは異なります。

李白が洛陽を訪れたのは春だったのですね。寒い季節は去って、窓を開けていたのかもしれません。夜風が吹いていたのでしょうか。笛の音はこの風に乗って洛陽の町中に広がるだろう…詩的誇張ですが、そんな想像に違和感はありません。

第3句…「折柳」は正しくは「折楊柳」という漢代の楽府古曲で、別れの歌です。当時、旅立つ人に柳を折って無事を祈るという習慣があり、それを背景とした曲です。

第3句になって詩の調べに変化が起きています。わかりやすいそれまでの情景に突然「別れ」を感じさせるものが現れ、「おやっ」という感じです。

第4句…「故園」は「ふるさと」。

李白は故郷・蜀(今の四川省)を離れて5、6年。希望に胸をふくらませて故郷を後にしたのに、いまだ就職の目鼻はつきません。落胆や焦りもあったことでしょう。旅先の笛の音に耳を傾け楽しんでいたところに、故郷との別れを思わせる曲が流れ、現実に引き戻されたのかもしれません。帰りたい、帰れない…。

李白といえば、インパクトのあるイマジネーションの詩が浮かびますが、この詩はそうしたタイプとは少し違う感じがします。春の夜、旅先で聞いた笛の音から、それが夜風に乗って町中に広がっていく絵のような詩的想像…そこから一転して「ああ、これは旅の無事を祈る別れの曲だ」と郷愁の世界に。こうした二つの世界がなだらかな詩のリズムの中に収まっています。

『春夜洛城聞笛』の形式・技法

七言絶句(7語を1句として全部で4句となる詩型)です。

「押韻」…声・城・情

『春夜洛城聞笛』が詠まれた時代

唐の時代区分(初唐・盛唐・中唐・晩唐)

唐詩が書かれた時代は、しばしば初唐(618~709)・盛唐(710~765)・中唐(766~835)・晩唐(836~907)に分けて説明します。時代の変化を表わすとともに、詩の持ち味の変化も表します。

『春夜洛城聞笛』が詠まれたのは盛唐の頃です。

『春夜洛城聞笛』の作者「李白」について

李白
李白。

李白(りはく…701~762)

壮年に入ろうとする頃の作品。まだ決まった仕事も家庭もない放浪の時代の作品です。何年も旅暮らしをしていて、その間どうやって食べていたのでしょうか。李白の父は裕福な商人だったようで、お金には困らなかったのかもしれません。

この詩を書いた翌年には結婚をするのですが、相手は元宰相を務めた人の孫娘でした。元宰相は李白の才能を見抜いて、孫娘との結婚を勧めたようです。

こんなに偉い人のお孫さんと結婚しても李白の就職は決まりません。やっと朝廷から官吏登用の声がかかった時李白はすでに40歳を過ぎており、最初の奥さんは亡くなっていました。奥さんがまだ小さい二人の子供を残して亡くなったので、それからまもなく李白は再婚しています。待ちに待った官吏登用の喜びの歌を李白はこの二度目の奥さんにあてて書いています。

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