『行行重行行』

『行行重行行』

行行重行行』は「ゆきゆきてかさねてゆきゆき」と読みます。この印象的なタイトルの詩は詠み人知らず。夫が遠方に出かけたまま帰らない妻の思いをうたった詩です。

ここでは『行行重行行』の原文・書き下し文・現代語訳と解説を述べていきます。

『行行重行行』の原文

行行重行行

与君生別離

相去万余里

各在天一涯

道路阻且長

会面安可知

胡馬依北風

越鳥巣南枝

相去日已遠

衣帯日已緩

浮雲蔽白日

遊子不顧返

思君令人老

歳月忽已晩

棄捐勿復道

努力加餐飯

『行行重行行』の書き下し文

行き行きて重ねて行き行き

君と生きながら別離す

相去ること万余里

各(おのおの)天の一涯(いちがい)に在り

道路阻(へだ)たりて且(か)つ長く

会面(かいめん)安(いず)くんぞ知るべけん

胡馬(こば)は北風(ほくふう)に依(よ)り

越鳥(えっちょう)は南枝(なんし)に巣くう

相去ること日に已(すで)に遠く

衣帯(いたい)日(ひび)に已(すで)に緩(ゆる)む

浮雲(ふうん)白日(はくじつ)を蔽(おお)い

遊子(ゆうし)顧返(こへん)せず

君を思えば人をして老いしむ

歳月忽(たちま)ちにして已(すで)に晩(く)れぬ

棄捐(きえん)復(ま)た道(い)う勿(な)からん

努力して餐飯(さんぱん)を加えよ

『行行重行行』の現代語訳

あなたはどこまでもどこまでも行ってしまい

こうしていつか生き別れとなった

あなたとの間には千里万里の隔たりがあり

私は空のこちら側に

あなたは空のあちら側に

道は険しく遥かに遠く

いったいいつになったらまた会えるのだろう

北方生まれの胡(こ)の馬は北風に身を寄せ

南方生まれの越(えつ)の鳥は南向きの枝に巣を作る

別れた日はすでに遥かかなたに

すっかり瘠せて衣服はゆるくなり

空に浮かぶ雲は太陽を遮(さえぎ)り

異郷を旅する人は帰ってこない

あなたを思って身も心もやつれ

歳月だけが過ぎていく

こんな繰り言(くりごと)はもう言いますまい

どうかあなたが健やかであるように

飢えや寒さに苦しまないようにと

ただひたすらそれを祈るのみ

『行行重行行』の語釈

第1句…「重」は「また」。「行行重行行」で「停まることなく行く」。

第2句…「生別離」は「生き別れる」。

第3句…「相去」は「隔たり」。

第4句…「天一涯」は「空の果て」。

第5句…「阻」は「障碍」。

第6句…「安~」は反語表現。「安可知」で「どうして知ることができようか(いや、できない)」。

第7句…「胡馬」は「北方の馬」。

第8句…「越鳥」は「南方の鳥」。

第9句…「遠」は「久しい」。

第10句…「緩」は「ゆるい」。

第11句…「白日」は「君主」を意味するが、ここでは「夫」を指す。

第12句…「返」は「家に帰る」。

第13句…「老」はここでは「憔悴してやせ細った」。

第14句…「已晩」は「すでに年末だ」ということ。過ぎていく時間の速さをいっている。

第15句…「棄捐」は「捨てる」。

第16句…「加餐飯」は当時使われた「人を慰める慣用表現」。

『行行重行行』の解説

無名氏…作者不詳のうたです。民謡のひとつでしょう。『文選』に収められています。

『文選』は6世紀に成立した中国最古の詩文集で、約八百篇の詩や文章が・詩・文章など39種の文体に分けて時代順に配列されています。編者は南朝梁の昭明太子(しょうめいたいし)・蕭統(しょうとう)です。

この詩は「行行重行行…シンシン チョン シンシン」という最初の文字と調べが印象的です。

中国語の「ン」には二つあって、舌が上あごに粘り着くような「n」系の「ン」と、口腔内で響くような「g」系の「ン」があり、このシンシンやチョンは「g」系です。

木霊のように響きわたる「シンシン チョン シンシン」は切ない歌の前奏のようで胸に沁みます。

この詩に「君」という言葉が出てきますが、「君」にはいくつかの意味があり、ここでは夫に対する呼びかけとして使われています。

ちなみに昭和の映画の中で「あなた」は夫への呼びかけとして使われていましたが、いつの間にか死語になりました。戦後まもない頃に大ヒットした日本映画に『君の名は』がありますが、最近のアニメにも『君の名は。』があり、昔の映画の「君」は男性が女性に呼びかけたもの、アニメの「君」はラストシーンで男女二人が同時に呼びかけていました。

日本語における第二人称としての「君」は基本的に男性が使うものですが、近年この規範は緩み、『君の名は。』のアニメからもわかるように男女双方が使えるものになってきているようです。ただし年齢的、立場的に使える場合と使えない場合があると思いますが、今後数十年でこの規範も消えていくような気がします。

『君の名は。』は中国でもヒットし、この題名やラストシーンでの「君」はいずれも「你」(中国語の第二人称)と訳されています。

戦前の中国の小説に「李君」「周君」など日本語と同様の言い方が出てくることがありますが、これは日本語からの影響で、現在ではこうした言い方は基本的にはありません。

現代中国語で「君」に当たる言い方としては「小李」「小周」があります。「老李」「老周」という言い方もありますが、こちらには相手への敬意がありますから「李さん」「周さん」と訳します。一方「小~」の方は自分より若い、目下であるという感覚があります。

『行行重行行』の形式・技法

五言古詩。

『行行重行行』が詠まれた時代

『行行重行行』が詠まれたのは後漢の頃と言われています。

年表
年表。

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