春分

春分

春分しゅんぶんとは二十四節気にじゅうしせっきの1つで春の中間を意味する節気です。

この日は1日の昼の長さと夜の長さが同じになります。また、「春分の日」と呼ばれ、祝日になっています。

このページでは春分の意味、成り立ち、実際の季節感とのずれ、2019年の春分の日にちと期間、春分の七十二候、春分の食べ物や季節の花などを紹介していきます。

なお、2019年の春分は3月21日となっています。

春分とは

春分

春分しゅんぶんとは二十四節気にじゅうしせっきの1つで、「春の中間の日」を意味します。太陽の位置を表す黄経で0度の時を言い、新暦では3月20日~21日ごろで年によって変わります。

この日は太陽が赤道上にあり、地球上どこにいても昼と夜の長さが同じです。立春から立夏までが春ですが、そのちょうど半分が「春分」です。この節気を過ぎると季節は夏に近づいていきます。

春分は二十四節気の1つ

二十四節気とは古代中国で作られた暦で、日本では平安時代から使われています。上の図のように1年を24等分し、それぞれに名前を付けたものです。

二十四節気は太陽の運行に基づいており、1年で最も昼の長い日を夏至げし、1年で最も昼の短い日を冬至とうじ、昼と夜の長さが同じ日を春分しゅんぶん秋分しゅうぶんとし、この4つを春・夏・秋・冬の中心として決めた暦です。この4つの節気は合わせて「二至二分にしにぶん」と呼ばれています。

二十四節気の仕組み

この二至二分が二十四節気を決めるうえでの基準となっています。

立春りっしゅんはこの冬至と春分のちょうど中間の日で、暦の上ではこの日から春が始まります。

春の節気は立春りっしゅん雨水うすい啓蟄けいちつ春分しゅんぶん清明せいめい穀雨こくうとなっており、春分は春の4番目の節気です。

また、立春りっしゅん立夏りっか立秋りっしゅう立冬りっとうの4つを「四立しりゅう」と言い、それぞれ春夏秋冬の始まりの日として重要な節気となっており、二至二分と四立を合わせて「八節はっせつ」と言います。

二十四節気の成立時期
二十四節気の成立時期。殷の頃に二至二分、西周の頃に八節、春秋戦国の頃に二十四節気がそれぞれ成立しました。

2019年の春分はいつ?

春分の日にちと期間

二十四節気のそれぞれの節気には、その日1日を意味する場合と、次の節気までの期間を意味する場合があります。

2019年の春分であれば、以下のようになります。

・日付としての2019年の春分は3月21日。

・期間としての2019年の春分は3月21日~4月4日まで。

二十四節気と実際の季節感がずれる理由

二十四節気は「実際の季節感とずれている」と感じることがあります。特に立春(2月上旬)、立夏(5月上旬)、立秋(8月上旬)、立冬(11月上旬)の4つの節気はそれぞれ春夏秋冬の始まりを意味しますが、「春というにはまだ早い」などと感じます。

ここではその「実際の気候とずれる理由」について解説します。

春夏秋冬の決め方

二十四節気

夏至は昼の時間の最も長い日、冬至は昼の時間の最も短い日です。

けれども夏至に最も暑くなり、冬至に最も寒くなるかというとそうではなく、実際にはそれより1~2か月ほど遅れて最も暑い日、最も寒い日がやってきます。

ただし二十四節気はこの「夏至を夏の中心」「冬至を冬の中心」そして「昼と夜の長さが同じ春分・秋分を春の中心と秋の中心」として1年を4等分し、春夏秋冬を決めました。

そのため「立春と言われてもまだまだ寒く、冬と感じる」ということが起こります。

日本と中国との気候の違い

また、二十四節気が作られたのは紀元前の中国黄河流域のため、現在の東京の気候とはややずれがあります。

下の地図の中央左にある洛陽らくようが東周時代の首都で、中原ちゅうげんとはこの周辺一帯を指す言葉です。二十四節気はこの中原で作られたと考えられています。

二十四節気が作られた地域の地図

気候の違いについては以下のグラフを見ながら解説します。

二十四節気が作られた地域の地図

上のグラフは二十四節気が作られた中原ちゅうげん から代表して洛陽を選び、東京と年間の平均最高気温を比べたものです。

グラフの6月あたりを見ると、中国には梅雨と台風がないため暑さのピークが日本よりも1~2か月程度早くなっています。この部分が二十四節気と日本の実際の季節とが最も異なる箇所になります。立夏は5月上旬ですが、中国のグラフでは夏の始まりと言われて納得がいくものの、日本のグラフでは夏はもう少し先と感じます。

日本が1月・2月で気温がほぼ変わらず12月はそれより暖かいのに対し、中国では1月が最も寒く2月より12月の方が冷え込んでいます。これも冬の季節感のずれに繋がっています。

節気には日付と期間の2つの意味がある

また、二十四節気の1つ1つには期間としての意味もあるものの、カレンダーやニュースなどではもっぱら日付としての意味で使われています。このことも二十四節気と日本の実際の季節感がずれる要因となっています。

二十四節気と七十二候

七十二候

「二十四節気」は、古代中国で作られた農事を指導するために作られた暦で、春秋戦国時代(BC.770~BC.221)黄河流域で作られたと言われます。中国では暦として月の運行に基づいた「太陰暦」が使われていましたが、これですと実際の季節とズレが生まれてしまうため、太陽の運行の軌跡を24等分した「二十四節気」や、それをさらに約5日ごとに分割した「七十二候しちじゅうにこう」が作られました。このようにして季節の変化をきめ細かくとらえて農事に生かしたのです。

この「二十四節気」は日本では平安時代に取り入れられました。日本と中国とでは位置も気候も異なり、中国の二十四節気は必ずしもすべてが日本の気候に合うものではありませんでしたが、私たちの生活に根付き、大多数の日本人が農業とは無縁になった現代でもテレビのニュースなどで「今日から立春です」などと使われています。

1年には春夏秋冬4つの季節がありますが、古代中国人はそれをさらに24の「節気」に分けました。1年を24に分けるならそれぞれ約15日、その節気にはまたそれぞれ3つの「候」を設け、3×24で72候、約5日で1つの候としてそれぞれの候にその季節の特徴を表す言葉をつけました。

日本は平安時代からこの二十四節気を暦の中に取り入れましたが、これだけでは日本の気候の説明には足りないので、「雑節」というものを設けました。雑節には、節分・彼岸・八十八夜・入梅・半夏生・土用・二百十日などがあります。

さらに「七十二候」については江戸時代の天文暦学者・渋川春海が日本の気候に合わせて改訂版を出し、その後明治時代に「略本暦」が出てそれまでの「七十二候」を大幅に変えました。現在使われている日本の七十二候はこれが元になっており、上の図に書かれているのもこの七十二候です。

なお2016年に中国の「二十四節気」がユネスコの無形文化遺産に登録されました。

春分の七十二候(日本)

桜始めて開く

日本の春分の七十二候は以下のようになります。

春分の七十二候
内容時期
初候すずめはじめてくう3月20日頃

3月24日頃
次候さくらはじめてひら3月25日頃

3月29日頃
末候かみなりこえはっ3月30日頃

4月3日頃

雀が巣を作り始め、桜のつぼみがほころび始め、春雷が鳴り始める季節です。

雀の巣作り
雀の巣作り。

初候に出てくるスズメの巣ですが、燕の巣は見たことがあっても雀の巣というのは見たことがありません。雀は人目につかない所に巣を作るのだそうです。中国語で雀は「麻雀」(マーチュエ)、日本に来た中国語圏の観光客が店の看板にこの字を見かけ(麻雀荘のことです)どういう意味なのか頭をひねるそうです。中国で雀はスーパーで冷凍肉として並べられています。

春分の七十二候(中国)

ツバメ
ツバメ。

中国の春分の七十二候は、初候「玄鳥至」・次候「雷乃發聲」・末候「始電」で、「ツバメが南からやってきて、春雷が鳴り、春の光が輝く」という意味です。

日本の春分の七十二候にある「桜」が中国の七十二候には現れません。桜は日本の春の代表ですが、中国ではそうではなかったのでしょうね。最近では中国でも桜は大人気、おおぜいの観光客が日本の桜を見にきますが、中国にも桜の名所はいくつかあって人気を集めています。

春分の日が祝日になった理由

春分の頃の桜

春分という昼と夜が同じ時間になる日が日本では「春分の日」として祝日になっており、考えてみればなぜこの日を特別な日として祝うのか不思議です。

この日は太陽が真東から昇り、真西に沈む日で、太陽信仰のあった日本では古来特別な日とされていました。そこに仏教の教え…極楽浄土は西にある…が加わり、先祖供養とも結びついて「彼岸」という習慣が生まれました。

つまり日本では二十四節気の「春分」と仏教の「彼岸」思想が結びついて特別な日になりました。

実は戦前、春分の日は「春季皇霊祭」、秋分の日は「秋季皇霊祭」が行われ、それぞれ天皇家の先祖代々の御霊を祭る日、国の祝祭日でした。戦後の1948年二つの祝日は残りましたが、国として天皇家の御霊のお祭りをする日ではなく、春分の日は「自然をたたえ生物をいつくしむ」日に、秋分の日は「祖先をうやまい亡くなった人をしのぶ」日になりました。太陽信仰が春分の日に、浄土信仰が秋分の日になったと言えるかもしれませんが、「自然をたたえ…」とか「祖先をうやまい…」とかの話はこれまで聞いたことがないので、この二つの祝日は由来を調べると一つの文化の抜け殻のようにも感じられます。

春分の行事・イベント

お彼岸

ぼたもち
ぼたもち。お彼岸に食べられます。

日本では、春分の日を間に置いた前後7日間を「春のお彼岸」と言い、先祖や親族のお墓参りに行きます。この「彼岸」は二十四節気にはない、いわゆる「雑節」です。昔から「暑さ寒さも彼岸まで」と言いますが、春のお彼岸はこの日を超えて真冬の厳寒はもう来ない・秋のお彼岸は酷暑はもう来ないという目印であり、これは不思議と実体感に合っているようです。

お彼岸というと、毎年祖母がたっぷりとアンコをまぶした牡丹餅(ぼたもち)を作って待っていてくれたことを思い出します。うるち米ともち米をまぜて蒸し搗(つ)いて丸めた餅は大人のこぶし大ほどの大きさで、小豆あんをまぶしたものとゴマあんをまぶしたものがありました。

お花見

お花見

3月下旬~4月上旬と言えばお花見の季節です。春分の頃、桜が咲いてから散ってしまうまでの2週間ほどの間、桜の名所はどこもお花見客でいっぱいになります。

春分の「旬の食べ物」

土筆(つくし)

土筆(つくし)

土筆は3月上旬~4月中旬ごろまで採れる春の山菜で、あく抜きをした後、茹でたり佃煮にしたりして食べられています。

八朔(はっさく)

八朔(はっさく)

八朔には1~2月ごろに収穫され、1か月ほど寝かせて酸味を取って出荷されるものと、熟すまで待って3月ごろに出荷されるものがあります。いずれも春分の頃が最も美味しく食べられます。

春分の「季節の花」

ソメイヨシノ

ソメイヨシノ

ソメイヨシノは春分のころから2週間ほど咲きます。

枝垂桜

枝垂桜

枝垂桜は枝が柔らかく垂れており、京都の観光名所によく植えられています。ソメイヨシノと同じく、春分のころに咲き始めます。

桃の花

桃の花は3月下旬~4月中旬ごろに咲きます。春分のころから各地で桃祭りが行われ、桜が咲くより一足早くのお花見として親しまれています。

杏(アンズ)

杏の花

杏は3月中旬~4月上旬に咲く花で、桜や桃の花に似ていますが、桜よりも若干早い時期に見ごろを迎えます。

木蓮(モクレン)

木蓮(モクレン)

モクレンはハクモクレンよりも10日ほど遅く咲き、3月下旬~4月中旬ごろが見ごろとなっています。

春分の関連ページ

春分の項は以上で終了となりますが、春分の1つ前の節気「啓蟄けいちつ」や、春分の次の節気「清明せいめい」、また「二十四節気にじゅうしせっき」や「七十二候しちじゅうにこう」についてもリンク先で詳しく紹介しています。