処暑

処暑

処暑しょしょとは二十四節気にじゅうしせっきの1つで、立秋りっしゅうの次、秋の2番目の節気です。

このページでは処暑の意味、成り立ち、実際の季節感とのずれ、2019年の処暑の日にちと期間、処暑の七十二候、処暑の食べ物や季節の花などを紹介していきます。

なお、2019年の処暑は8月23日となっています。

処暑とは

処暑

処暑しょしょとは二十四節気にじゅうしせっきの1つで、「暑い時期の終わり」を意味します。太陽の位置を表す黄経で150度の時を言い、新暦では8月23日~24日ごろで年によって変わります。

中国の元代(13世紀~14世紀)に出された『月令七十二候集解』では「処暑」について「処、止也、暑気至此而止矣」(「処」は「止」ということ。暑気はここで止む」と書いてあります。

処暑は二十四節気の1つ

二十四節気とは古代中国で作られた暦で、日本では平安時代から使われています。上の図のように1年を24等分し、それぞれに名前を付けたものです。

二十四節気は太陽の運行に基づいており、1年で最も昼の長い日を夏至げし、1年で最も昼の短い日を冬至とうじ、昼と夜の長さが同じ日を春分しゅんぶん秋分しゅうぶんとし、この4つを春・夏・秋・冬の中心として決めた暦です。この4つの節気は合わせて「二至二分にしにぶん」と呼ばれています。

二十四節気の仕組み

この二至二分が二十四節気を決めるうえでの基準となっています。

立秋はこの夏至と秋分のちょうど中間の日で、暦の上ではこの日から秋が始まります。

秋の節気は立秋りっしゅう処暑しょしょ白露はくろ秋分しゅうぶん寒露かんろ霜降そうこうとなっており、処暑は秋の2番目の節気です。

また、立春りっしゅん立夏りっか立秋りっしゅう立冬りっとうの4つを「四立しりゅう」と言い、それぞれ春夏秋冬の始まりの日として重要な節気となっています。

二十四節気の成立時期
二十四節気の成立時期。殷の頃に二至二分、西周の頃に八節、春秋戦国の頃に二十四節気がそれぞれ成立しました。

2019年の処暑はいつ?

処暑の日にちと期間

二十四節気のそれぞれの節気には、その日1日を意味する場合と、次の節気までの期間を意味する場合があります。

2019年の処暑であれば、以下のようになります。

・日付としての2019年の処暑は8月23日。

・期間としての2019年の処暑は8月23日~9月7日まで。

二十四節気と実際の季節感がずれる理由

二十四節気は「実際の季節感とずれている」と感じることがあります。特に立春(2月上旬)、立夏(5月上旬)、立秋(8月上旬)、立冬(11月上旬)の4つの節気はそれぞれ春夏秋冬の始まりを意味しますが、「春というにはまだ早い」などと感じます。

ここではその「実際の気候とずれる理由」について解説します。

春夏秋冬の決め方

二十四節気

夏至は昼の時間の最も長い日、冬至は昼の時間の最も短い日です。

けれども夏至に最も暑くなり、冬至に最も寒くなるかというとそうではなく、実際にはそれより1~2か月ほど遅れて最も暑い日、最も寒い日がやってきます。

ただし二十四節気はこの「夏至を夏の中心」「冬至を冬の中心」そして「昼と夜の長さが同じ春分・秋分を春の中心と秋の中心」として1年を4等分し、春夏秋冬を決めました。

そのため「立春と言われてもまだまだ寒く、冬と感じる」ということが起こります。

日本と中国との気候の違い

また、二十四節気が作られたのは紀元前の中国黄河流域のため、現在の東京の気候とはややずれがあります。

下の地図の中央左にある洛陽らくようが東周時代の首都で、中原ちゅうげんとはこの周辺一帯を指す言葉です。二十四節気はこの中原で作られたと考えられています。

二十四節気が作られた地域の地図

気候の違いについては以下のグラフを見ながら解説します。

二十四節気が作られた地域の地図

上のグラフは二十四節気が作られた中原ちゅうげん から代表して洛陽を選び、東京と年間の平均最高気温を比べたものです。

グラフの6月あたりを見ると、中国には梅雨と台風がないため暑さのピークが日本よりも1~2か月程度早くなっています。この部分が二十四節気と日本の実際の季節とが最も異なる箇所になります。立夏は5月上旬ですが、中国のグラフでは夏の始まりと言われて納得がいくものの、日本のグラフでは夏はもう少し先と感じます。

日本が1月・2月で気温がほぼ変わらず12月はそれより暖かいのに対し、中国では1月が最も寒く2月より12月の方が冷え込んでいます。これも冬の季節感のずれに繋がっています。

節気には日付と期間の2つの意味がある

また、二十四節気の1つ1つには期間としての意味もあるものの、カレンダーやニュースなどではもっぱら日付としての意味で使われています。このことも二十四節気と日本の実際の季節感がずれる要因となっています。

二十四節気と七十二候

七十二候

「二十四節気」は、古代中国で作られた農事を指導するために作られた暦で、春秋戦国時代(BC.770~BC.221)黄河流域で作られたと言われます。中国では暦として月の運行に基づいた「太陰暦」が使われていましたが、これですと実際の季節とズレが生まれてしまうため、太陽の運行の軌跡を24等分した「二十四節気」や、それをさらに約5日ごとに分割した「七十二候しちじゅうにこう」が作られました。このようにして季節の変化をきめ細かくとらえて農事に生かしたのです。

この「二十四節気」は日本では平安時代に取り入れられました。日本と中国とでは位置も気候も異なり、中国の二十四節気は必ずしもすべてが日本の気候に合うものではありませんでしたが、私たちの生活に根付き、大多数の日本人が農業とは無縁になった現代でもテレビのニュースなどで「今日から立春です」などと使われています。

1年には春夏秋冬4つの季節がありますが、古代中国人はそれをさらに24の「節気」に分けました。1年を24に分けるならそれぞれ約15日、その節気にはまたそれぞれ3つの「候」を設け、3×24で72候、約5日で1つの候としてそれぞれの候にその季節の特徴を表す言葉をつけました。

日本は平安時代からこの二十四節気を暦の中に取り入れましたが、これだけでは日本の気候の説明には足りないので、「雑節」というものを設けました。雑節には、節分・彼岸・八十八夜・入梅・半夏生・土用・二百十日などがあります。

さらに「七十二候」については江戸時代の天文暦学者・渋川春海が日本の気候に合わせて改訂版を出し、その後明治時代に「略本暦」が出てそれまでの「七十二候」を大幅に変えました。現在使われている日本の七十二候はこれが元になっており、上の図に書かれているのもこの七十二候です。

なお2016年に中国の「二十四節気」がユネスコの無形文化遺産に登録されました。

処暑の七十二候(日本)

綿の柎開く
綿の柎開く。

日本の処暑の七十二候は以下のようになります。

処暑の七十二候
内容時期
初候綿わたはなしべひら8月23日頃

8月27日頃
次候天地てんちはじめてさむ8月28日頃

9月1日頃
末候こくものすなわちみの9月2日頃

9月6日頃

綿の実がはじけて中から白い綿が顔を出し、暑さはやわらぎ、ノギ(イネや麦などの穀物)が収穫の時を迎える季節です。

天地始めて粛し
天地始めて粛し。
禾乃登る
禾乃登る。

処暑の七十二候(中国)

露

処暑の七十二候は初候だけが日本と中国で異なり、中国の初候は「鷹乃祭鳥」になっています。これは「鷹が鳥たちを捕獲し始める季節」という意味です。ここに出てくる「祭」は「雨水うすい」でも書いた「獺祭」(だっさい)と同じ意味です。カワウソは獲物を捕らえた後すぐ食べずにまずは並べておくのですが、その様が供物を捧げているようなので「獺祭」(カワウソの供養)と言います。鷹もまた獲物を捕ってはすぐに食べずに並べておく、と言われており、その様子が「祭り」のようなのでこの漢字が使われています。

七十二候は中国から伝わったにもかかわらず日中で異なるものが多いのは、季節がずれるということもあるのでしょうが、季節への感性が日中で異なるからではないかと思います。「鷹乃祭鳥」という肉食鳥の獰猛な狩りを意味する季節語ではなく、綿畑に白いコットンボールが広がる情景を意味する季節語はいかにも日本風です。

日本の七十二候は季節の優しさに目をとめていると言ってもいいかもしれません。

「七十二候」は平安時代から使われていた中国のものを、江戸時代の天文暦学者・渋川春海が日本の気候に合わせて改訂版を出し、その後明治時代に「略本暦」が出てそれまでの「七十二候」を大幅に変えました。現在使われている日本の七十二候はこれが元になっています。

気温の変化の時期

中国語に「多事之秋」という言葉があります。事故や事件が多いという意味で、主に揺れ動く政局を指します。

「処暑」のころは昼夜の気温の差や、夏と秋の季節の変化に人の体がついていけず、体調をくずして呼吸器系や胃腸、風邪などの病気にかかりやすい、そこで「多事之秋」という言葉が生まれたと言われています。

処暑の時期の雲

秋の空

この季節はまさに「天高く馬肥ゆる秋」、美しい秋空を楽しむことができます。中国語ではこの「天高く…」を「秋高気爽」と言います。「空が抜けるように青く、すがすがしい気が満ちている」秋を表す言葉です。

またこの時期の雲は、夏のようにモクモクと塊になって湧き上がるような雲ではなく、さまざまな形を作って流れていきます。そこで「七月八月看巧雲」という言葉が生まれました。自由自在に形を成す雲を眺めて楽しむという意味です。

私は小学校の夏休みの自由課題に、夏休み中の雲の形を毎日脱脂綿で作り、それを水色に染めた画用紙に貼り付けて提出していました。毎日ほとんど同じ形ですから楽でしたが誰もほめてくれませんでした。今も空の雲を眺めるとそのころのことを懐かしく思い出します。

中国ではかつては大人も雲を眺める楽しみを味わっていたのですね。

処暑の行事・イベント

お盆

お盆

処暑のころは旧暦で「盂蘭盆会(うらぼんえ)」、いわゆる「お盆」の時期です。伝統行事のほとんどを新暦でやる日本でもお盆だけは旧暦で、ちょうど終戦記念日の8月15日前後に一斉にお盆休みを取るところが多いことでしょう。この時期は「帰省ラッシュ」「Uターンラッシュ」という言葉もニュースとなって伝えられます。

お盆は仏教行事ですが、その起源はインドにあります。

目連(もくれん…漢訳)という釈迦の弟子の母は欲深く亡くなると地獄に落ちてしまいます。目連はそれを知って悲しみ、なんとしても母を地獄の苦しみから救おうとします。旧暦の7月15日は釈迦の弟子たちの夏の修行最後の日、法悦が地に満ちる日です。目連はたくさんの食べ物を供物として捧げ人々にも施しました。やがて目連の母は地獄から救われ無事に成仏でき、これが後の盂蘭盆会…お盆の行事になっていったと言われます。

全国花火競技大会

全国花火競技大会

毎年8月の最終土曜日には秋田県で全国花火競技大会が開かれます。夏休みということもあって毎年100万人近い人でにぎわいます。

処暑の「旬の食べ物」

スダチ

スダチ

スダチの旬は8月~10月ごろ。そうめんに入れたり、サンマやマツタケなどに掛けて食べたりと、晩夏から秋にかけての味覚です。

ブドウ

ブドウ

ブドウには巨峰やマスカットなど様々な品種がありますが、そのほとんどの旬の時期は8月下旬~9月下旬ごろです。

イチジク

イチジク

イチジクは感じでは無花果と書きますが、これは花を付けずに実がなるように見えることから名付けられました。旬の時期は9月ごろです。

処暑の「季節の花」

撫子

撫子

撫子(ナデシコ)は「やまとなでしこ」という言葉にもあるように、古くから日本で好まれてきた花です。秋の七草の一つにも選ばれており、6月~8月ごろに咲きます。

桔梗

桔梗

桔梗も秋の七草の一つですが、実際には早い時期から咲いており、6~8月に見かけることができます。

ミズヒキ

ミズヒキ

のし袋や贈答用の箱に掛ける紅白の紐(帯)のことを水引(みずひき)と言いますが、ミズヒキは花の部分が紅白で水引に似ていることから名付けられました。8月上旬~10月上旬ごろに咲きます。

水引
水引。

ホウセンカ

ホウセンカ

ホウセンカは7月中旬~9月下旬ごろに咲きます。秋になると実がはじけることで有名です。

処暑の関連ページ

処暑の項は以上で終了となりますが、このサイトでは処暑の1つ前の節気「立秋りっしゅう」や、処暑の次の節気「白露はくろ」、また「二十四節気にじゅうしせっき」や「七十二候しちじゅうにこう」についてもリンク先で詳しく紹介しています。