大寒

大寒

大寒だいかんとは二十四節気にじゅうしせっきの1つで冬の最後の節気です。

このページでは大寒の意味、成り立ち、実際の季節感とのずれ、2019年の大寒の日にちと期間、大寒の七十二候、大寒の食べ物や季節の花などを紹介していきます。

なお、2019年の大寒は1月20日となっています。

大寒とは

大寒

大寒だいかんとは二十四節気にじゅうしせっきの1つで、「最も寒い時期」を意味します。太陽の位置を表す黄経で300度の時を言い、新暦では1月20日~21日ごろで年によって変わります。

二十四節気は「大寒」をもって終わりますが、この時期は一年中で最も寒い時期、積雪は根雪となり、「氷天雪地」(凍りつくような寒空と雪に覆われた大地)の情景が広がる厳寒の季節です。

この大寒の一つ前の小寒が「寒の入り」で、大寒の最終日(立春の前日で節分の日でもあります)が「寒の開け」、寒の入りから寒の開けまでの1か月を「寒の内」と言います。ちなみに「寒」(かん)とは「最も寒い時期」のことです。

寒中見舞い」を出すのはこの「寒の内」の期間になります。

大寒は二十四節気の1つ

二十四節気とは古代中国で作られた暦で、日本では平安時代から使われています。上の図のように1年を24等分し、それぞれに名前を付けたものです。

二十四節気は太陽の運行に基づいており、1年で最も昼の長い日を夏至げし、1年で最も昼の短い日を冬至とうじ、昼と夜の長さが同じ日を春分しゅんぶん秋分しゅうぶんとし、この4つを春・夏・秋・冬の中心として決めた暦です。この4つの節気は合わせて「二至二分にしにぶん」と呼ばれています。

二十四節気の仕組み

この二至二分が二十四節気を決めるうえでの基準となっています。

立冬はこの秋分と冬至のちょうど中間の日で、暦の上ではこの日から冬が始まります。

冬の節気は立冬りっとう小雪しょうせつ大雪たいせつ冬至とうじ小寒しょうかん大寒だいかんとなっており、大寒は冬の最後の節気です。大寒の次は立春になります。

また、立春りっしゅん立夏りっか立秋りっしゅう立冬りっとうの4つを「四立しりゅう」と言い、それぞれ春夏秋冬の始まりの日として重要な節気となっており、二至二分と四立を合わせて「八節はっせつ」と言います。

二十四節気の成立時期
二十四節気の成立時期。殷の頃に二至二分、西周の頃に八節、春秋戦国の頃に二十四節気がそれぞれ成立しました。

2019年の大寒はいつ?

大寒の日にちと期間

二十四節気のそれぞれの節気には、その日1日を意味する場合と、次の節気までの期間を意味する場合があります。

2019年の大寒であれば、以下のようになります。

・日付としての2019年の大寒は1月20日。

・期間としての2019年の大寒は1月20日~2月3日まで。

二十四節気と実際の季節感がずれる理由

二十四節気は「実際の季節感とずれている」と感じることがあります。特に立春(2月上旬)、立夏(5月上旬)、立秋(8月上旬)、立冬(11月上旬)の4つの節気はそれぞれ春夏秋冬の始まりを意味しますが、「春というにはまだ早い」などと感じます。

ここではその「実際の気候とずれる理由」について解説します。

春夏秋冬の決め方

二十四節気

夏至は昼の時間の最も長い日、冬至は昼の時間の最も短い日です。

けれども夏至に最も暑くなり、冬至に最も寒くなるかというとそうではなく、実際にはそれより1~2か月ほど遅れて最も暑い日、最も寒い日がやってきます。

ただし二十四節気はこの「夏至を夏の中心」「冬至を冬の中心」そして「昼と夜の長さが同じ春分・秋分を春の中心と秋の中心」として1年を4等分し、春夏秋冬を決めました。

そのため「立春と言われてもまだまだ寒く、冬と感じる」ということが起こります。

日本と中国との気候の違い

また、二十四節気が作られたのは紀元前の中国黄河流域のため、現在の東京の気候とはややずれがあります。

下の地図の中央左にある洛陽らくようが東周時代の首都で、中原ちゅうげんとはこの周辺一帯を指す言葉です。二十四節気はこの中原で作られたと考えられています。

二十四節気が作られた地域の地図

気候の違いについては以下のグラフを見ながら解説します。

二十四節気が作られた地域の地図

上のグラフは二十四節気が作られた中原ちゅうげん から代表して洛陽を選び、東京と年間の平均最高気温を比べたものです。

グラフの6月あたりを見ると、中国には梅雨と台風がないため暑さのピークが日本よりも1~2か月程度早くなっています。この部分が二十四節気と日本の実際の季節とが最も異なる箇所になります。立夏は5月上旬ですが、中国のグラフでは夏の始まりと言われて納得がいくものの、日本のグラフでは夏はもう少し先と感じます。

日本が1月・2月で気温がほぼ変わらず12月はそれより暖かいのに対し、中国では1月が最も寒く2月より12月の方が冷え込んでいます。これも冬の季節感のずれに繋がっています。

節気には日付と期間の2つの意味がある

また、二十四節気の1つ1つには期間としての意味もあるものの、カレンダーやニュースなどではもっぱら日付としての意味で使われています。このことも二十四節気と日本の実際の季節感がずれる要因となっています。

二十四節気と七十二候

七十二候

「二十四節気」は、古代中国で作られた農事を指導するために作られた暦で、春秋戦国時代(BC.770~BC.221)黄河流域で作られたと言われます。中国では暦として月の運行に基づいた「太陰暦」が使われていましたが、これですと実際の季節とズレが生まれてしまうため、太陽の運行の軌跡を24等分した「二十四節気」や、それをさらに約5日ごとに分割した「七十二候しちじゅうにこう」が作られました。このようにして季節の変化をきめ細かくとらえて農事に生かしたのです。

この「二十四節気」は日本では平安時代に取り入れられました。日本と中国とでは位置も気候も異なり、中国の二十四節気は必ずしもすべてが日本の気候に合うものではありませんでしたが、私たちの生活に根付き、大多数の日本人が農業とは無縁になった現代でもテレビのニュースなどで「今日から立春です」などと使われています。

1年には春夏秋冬4つの季節がありますが、古代中国人はそれをさらに24の「節気」に分けました。1年を24に分けるならそれぞれ約15日、その節気にはまたそれぞれ3つの「候」を設け、3×24で72候、約5日で1つの候としてそれぞれの候にその季節の特徴を表す言葉をつけました。

日本は平安時代からこの二十四節気を暦の中に取り入れましたが、これだけでは日本の気候の説明には足りないので、「雑節」というものを設けました。雑節には、節分・彼岸・八十八夜・入梅・半夏生・土用・二百十日などがあります。

さらに「七十二候」については江戸時代の天文暦学者・渋川春海が日本の気候に合わせて改訂版を出し、その後明治時代に「略本暦」が出てそれまでの「七十二候」を大幅に変えました。現在使われている日本の七十二候はこれが元になっており、上の図に書かれているのもこの七十二候です。

なお2016年に中国の「二十四節気」がユネスコの無形文化遺産に登録されました。

大寒の七十二候(日本)

款冬華さく
款冬華さく。

日本の大寒の七十二候は以下のようになります。

大寒の七十二候
内容時期
初候款冬ふきのとうはなさく1月20日頃

1月24日頃
次候水沢みずさわあつかた1月25日頃

1月29日頃
末候にわとりはじめてにゅう1月30日頃

2月3日頃

蕗(ふき)の花が咲き、沢の氷は厚く硬く張り、鶏が卵を産み始める季節です。

水沢腹く堅し
水沢腹く堅し。
鶏始めて乳す
鶏始めて乳す。

大寒の七十二候(中国)

鷹の旋回

中国の大寒の七十二候はそれぞれ「雞始乳」「征鳥厲疾」「水沢腹堅」で、次候だけが日本と異なります。次候「征鳥厲疾」とは、鷹や隼(はやぶさ)など猛禽類が空を旋回し、虎視眈々と獲物を狙っているという意味です。彼らもまた厳しい寒さに立ち向かうために充分な餌・栄養を必要としているのです。

節分は大寒の最終日

節分

節分とは立春、立夏、立秋、立冬の前の日のことです。日本では室町時代のころから春の節分が重視され、節分と言えば立春の前の日を指すようになりました。この節分の日が大寒の最終日となります。

季節が変わる時には悪い鬼が出てくると言われ、「鬼は外!福は内!」と豆をまくようになったと言われます。なぜ豆なのかというと悪鬼を「摩滅(まめつ)」するの「摩滅」と豆の音が似ているからだそうで、語呂合わせですね。

子供にとって節分の行事はなんとも楽しく、豆をまいたあと、残った豆を年の数(数え年齢)だけ食べなさいと言われるのも面白くて、小学生のころは節分の日が楽しみでした。

こうして振り返ってみると、季節の行事というのは農事の目安であっただけでなく、ご先祖様が残してくれた「生活の中の楽しみ」であり、ひな祭りとか鯉のぼり、七夕、七五三、お正月、節分など、「子供たちを喜ばせる行事」でもあったのではないでしょうか。少なくとも日本の行事はそういう要素が濃いような気がします。

大寒と「かまどの神様」

かまど

中国では大寒前後にかまどの神様を祭る行事があります。かまどの神様は、道教で一番えらい玉皇大帝が各家庭に派遣した神様で、そこの家の者が悪いことをしていないかどうかチェックする神様です。年末になるとこの神様は天宮に戻り、民情を報告、つまりチクるわけです。

そこでこの日はチクられては大変と、神様に捧げるお菓子や、神様が乗る馬の水や飼料なども並べ、その後家族全員が集まり跪(ひざまづ)いて拝礼し、線香を立てお酒を注ぎ、さらには飴を溶かしてかまどの神様の口に塗ります。こうすると神様の口はくっつき、言葉が出ないので悪口を言うことができないというわけです。

このようにしてかまどの神様を天に見送るのですが、なんともユーモラスな行事です。中国の子供たちもきっと心底ハラハラしながら、自分たちのやらかしたいたずらが天の神様に報告されませんようにと一生懸命お祈りしていたに違いありません。

大寒は春節の準備の時期

剪窓花

大寒の時期は中国では春節(旧正月)の準備が忙しくなるころです。春節のための準備の一つに「剪窓花」というのがあります。切り紙細工で窓飾りを作るのですが、その模様は「カササギと梅」「クジャクと牡丹」「蓮と魚」などお目出たい内容です。今でも中国、特に北方では春節になると赤い紙の切り紙細工を窓に貼る習慣が残っており、貼ってない家は近所の人から「おたく、何かあったの?」と聞かれてしまうと言います。

大寒の「旬の食べ物」

リンゴ

リンゴ

リンゴには様々な品種がありますが、11月~1月ごろは様々な品種で旬の時期を迎えます。

ミカン

ミカン

冬の果物と言えばミカン。和歌山、愛媛、静岡などで多く栽培されています。旬の時期は12月~2月ごろ。

いよかん

いよかん

いよかんは伊与国(愛媛県)で栽培されていたことから名付けられました。現在でも愛媛県を中心に栽培され、1~3月に収穫期を迎えます。

ポンカン

ポンカン

ポンカンも愛媛県で最も生産されています。1~2月に出回ります。

大寒の「季節の花」

シクラメン

シクラメン

様々な品種のあるシクラメンの開花期は10月~3月ごろ。冬の間は見かけることができます。

サザンカ

サザンカ

サザンカはツバキとよく似た花ですが、サザンカのほうが先に咲きます。開花期は10月上旬~1月下旬ごろ。

ツバキ

ツバキ

ツバキはサザンカより遅く、種類にもよりますが1月中旬~4月下旬ごろに咲きます。

プリムラ

プリムラ

早春を伝える花と言われるプリムラ。12月~4月ごろに咲きます。

梅の花

早咲きの梅は大寒の頃より咲き始めます。

大寒の関連ページ

大寒の項は以上で終了となりますが、このサイトでは大寒の1つ前の節気「小寒しょうかん」や、大寒の次の節気「立春りっしゅん」、また「二十四節気にじゅうしせっき」や「七十二候しちじゅうにこう」についてもリンク先で詳しく紹介しています。